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映画『ボヘミアン・ラプソディ』が私の琴線に触れた理由

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 こんにちは。

 

あなたは映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観に行きましたか。

 

伝説のロックバンド「クイーン」のリード・ヴォーカル フレディ・マーキュリーにスポットを当てた映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、2018年11月9日の日本公開後、1週目、2週目、3週目と、右肩上がりで興行収入が増えているそうです。

 

この『ボヘミアン・ラプソディ』、普段、ほとんど映画館に行くことがない私も、先日、一人で観てきました。こうして書くと、単に”ブームに踊らされて”みたいな感じですが、私が「映画館に映画を観に行きたい」と思うこと自体、とても稀なこと。

 

誰かと一緒に(最近では子どもと一緒に)行く以外に映画館に行きたいと思うことがまずない私が、一人で映画を観に行くのは、じつに人生2回目のことでした。

(ちなみに人生ではじめて一人で観に行った映画は、1998年公開の『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2/Air/まごころを、君に』でした。じつに30年ぶり2回目のソロ映画館です。)

 

結論からいうと『ボヘミアン・ラプソディ』は、私の”心の琴線に触れる”とてもいい映画でした。

 

今回は、映画『ボヘミアン・ラプソディ』の何が私を惹きつけたのかについて考えてみます。(※ネタバレになってしまう内容もあるので、ネタバレが気になる方はここから先には読み進まないようにしていただければと思います。)

 

 

 

【ボヘミアン・ラプソディ】作品情報/あらすじ

原題:Bohemian Rhapsody

初公開:2018年10月24日 (イギリス)、2018年11月9日(日本)

上映時間:133分

監督:ブライアン・シンガー

音楽プロデューサー:ブライアン・メイロジャー・テイラー

出演:ラミ・マレック、ルーシー・ボイントン、グウィリム・リー、ベン・ハーディ、ジョゼフ・マゼロ、トム・ホランダー、マイク・マイヤーズ

製作: 20世紀フォックス、Initial Entertainment Group、リージェンシー・エンタープライズ

ジャンル:ドラマ/伝記

 

1985年7月13日、20世紀最大のチャリティライブイベント「ライヴ・エイド(LIVE AID)」当日。

出番を迎えたフレディ・マーキュリーは、大観衆の待つウェンブリースタジアムののステージに向かいます。

時は遡り1970年。

ロンドンで生活するインド系イギリス人のファルクール・パルサラ(青年フレディー・マーキュリー)は、空港で荷物運びの仕事をしながら、夜はライブハウスに入り浸る生活を送っていました。

ある日、ライブハウスで「スマイル」というバンドに興味を持ったフレディは、ライブ終了後、バンドメンバーを探しに行きます。そして、バンドのボーカルが脱退してしまい途方に暮れるブライアン・メイとロジャー・テイラーに出会ったフレディは、自身を新たなボーカルとして売り込むことに・・・。

 

伝説のロックバンド「クイーン」のリードボーカルで、1991年に45歳の若さでこの世を去ったフレディ・マーキュリーの青年期から「ライブエイド」出演までの数々の伝説や、華やかな活躍の裏にあった知られざるストーリーを描き出す伝奇ドラマ。

 

映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、冒頭、「ライヴ・エイド」へ向かうフレディの姿が描かれ、クライマックスで同じ「ライヴ・エイド」のシーンが描かれるという構成(円環構造・ブックエンド方式)になっています。

 

予告編動画でも話題となった「ライヴ・エイド」の大観衆のシーンから、暗転、人種差別的な扱いを受けながら空港で働く青年期フレディの姿が描かれるところから”彼の物語”は始まります。

 

クイーンとは 

この映画に登場する「クイーン」とは、いったいどのようなバンドなのでしょうか。映画『ボヘミアン・ラプソディ』の公式サイトには次のように記載されていました。 

 

ABOUT QUEEN

音楽史に名を刻んだ”戦慄の王女"

クイーンは、フレディ・マーキュリー (Vo,Key)、 ブライアン・メイ (G,Vo)、ロジャー・テイラー (Dr,Vo)、ジョン・ディーコン (B)からなる4人組のロック・バンド。1971年にロンドンで結成さ れる。当初は国内メディアから評価されず、セールス的にも不振が続くが、数々の名曲を生み出し世界的人気バンドに成長する。

彼らの活動における一つのハイライトが、 1985年に開催された史上最大級のチャリテ ィコンサート〈ライヴ・エイド〉への参加だ。アフ リカ難民救済のために催されたコンサートには、 そうそうたる顔ぶれのアーティストが集結。英米2会場で総計12時間、84か国に衛星で同時生中継されるというかつてない規模のものだった。当時、クイーンはバンド内の不和が広がり解散目前とまで言われていたが、参加アーティストの中でベストと称される、圧倒的なパ フォーマンスを見せ、完全復活を遂げた。

その後、1991年にフレディが45歳の若さで死去。残されたメンバーは活動を続け、バ ンドは2001年にロックの殿堂入りをした。

(出典:映画『ボヘミアン・ラプソディ』公式サイトより)

 

そんなクイーンの曲調は一定ではなく、ポップなナンバーからバラード、ハードロックなど様々な曲があるのが特徴。作風の異なるメンバーが一緒にバンドを組んで全員が作曲を行い、全員がヒット作を作っているクイーンならではの多彩な楽曲が楽しめます。

 

映画の中でも、収録の際にティンパニーの上にコインをのせて叩いたり、ロジャー・テイラーが高音パートのオーヴァーダビングを繰り返したり、ヒットした「Killer Queen」のような曲を求めるレコード会社の重役に「型にはまった曲作りはしない」と突っぱねるなど、試行錯誤し妥協を許さないフレディの曲作りへの情熱を垣間見ることができます。

(※ちなみに、マイク・マイヤーズの演じたレイ・フォスターという重役は実在しない人物だそうです。)

 

クイーンの曲が今、聞いてもそれ程古臭さを感じず、むしろ新鮮にすら感じるのは、2011年に全作品がリマスターされたこと以外に、そんな曲作りの姿勢や幅の広さも起因しているのかもしれません。

 

クイーンの楽曲は、現在でもCMなどのBGMや、テレビ番組などのテーマ曲などにも使われることもあり、曲名はわからなくても1度は「聞いたことがある」という人も多いのではないでしょうか。

 

洋楽などほとんど聞かないわが家の10歳の息子ですら、「We Will Rock You」や「We Are The Champions」などは「知ってる」という程です。ちなみに、私のクイーンに対する知識は、この映画を観る前までは息子とたいして変わらないくらいでした。そんな私が予備知識なしで見ても『ボヘミアン・ラプソディ』は十分に楽しむことができる映画でした。

 

 

『ボヘミアン・ラプソディ』の何が私を惹きつけたのだろうか?

さまざまな魅力にあふれたクイーン、そしてフレディ・マーキュリーの生き様を描いた伝記となる映画『ボヘミアン・ラプソディ』。物語としては、簡単にまとめると

 

主人公のフレディ・マーキュリーが「クイーン」を結成してスターダムにのし上がりながらも、さまざまな苦悩を抱え、エイズに罹患したことを知りながら、最後は邂逅し「ライヴ・エイド」で感動をフィナーレを迎える。

 

といったもので、こうして文章で書くだけでは、これまでにもあった伝記映画の1つのように感じてしまうものかもしれません。

(※物語として「ライヴ・エイド」を山場とするために、時系列を変えるなど史実と異なる描き方をされている部分もあちこちあり、コアなクイーンマニアからは不評な部分もあるようです。)

 

ところが、私はこの映画の予告編をはじめて見て以来、映画館に足を運びたいと思ったのです。いったいどうして?

 

□実はクイーンのファン?

いいえ。曲は聞いたことはあっても、曲名までわかるのは2・3曲程度でした。

 

□もしかしてゲイ?LGBT的な悩みを抱えている?

いいえ。妻とは別居しているが、映画のフレディのように「あなたはゲイよ」と言われたことはありません。

 

結局、理由はよく分かりませんが、とにかく映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、私を30年ぶりに一人で映画館に向かわせるだけの魅力があったようです。

 

はじめは映画好きな息子を誘ってみたのですが、日本語吹き替えが無かったこともあって、あまり関心を示さなかったのと、同性愛的な表現があるらしいことも相まって、子どもと一緒に行くのは断念しました。

 

それで、どうせ1人で行くならば、ということで公開初日の11/9(金)の仕事終わりに行こうと思っていたのですが、普段、ほとんど残業をすることのない私が、この日、たまたま17時からの打ち合わせが入ってしまい、結局、初日に行くことはできませんでした。

 

そんな風に一度ケチがつくと、普段ならそのまま縁がなかったとやめてしまうことも多い私ですが、しかし、今回はちがいました。11月はたまたま休日に出勤する日があり、その代休を取った平日に、免許更新のついでに行くことにしたのです。

 

しかもどうせなら音の良い環境で、と値段が高くなるので普段ならまず選ばないであろう「DOLBY ATMOS(ドルビーアトモス)」の劇場を選ぶという気合の入れようでした。

 

 

平日の映画館にて

11/21(水)11:30。

平日だから大丈夫だろうとタカを括っていたのですが、13:10からの公演はすでに8割方、座席が埋まっている状態。それでも運よく、丁度ど真ん中あたりの席が1つだけ空いていたので、そちらのチケットを購入しました。

 

その後、軽めの昼食をすませ早めに劇場に入った私は、平日のお昼過ぎにどんな人たちがこの映画を観に来るのだろうと、座席に座りながら周囲を伺っていました。

年代的には30代~50代くらいで、どちらかといえば女性が多かったような気がしますが、私のように一人で観にきている男性もちらほら見かけました。

私の左右の席には、30代くらいの一人で訪れた女性、もう一方は開演少し前になって大きなリュックを背負った40~50代くらいのこちらも一人で観に来た男性が席に着きました。

この男性は席に着くなりガサガサとビニール袋の音をさせながらパンを食べはじめたため「上映が始まる前までに静かにしてくれればいいけれど・・・」と気になって仕方がありませんでした。

 

その音は、けっきょく、映画がはじまり「20世紀フォックス」のファンファーレが鳴る頃まで耳障りだったのですが、その後、「ライヴ・エイド」の楽屋の通路から大観衆にあふれるウェンブリースタジアムのステージへ飛び出すシーンが流れる頃には、周りの様子など気にならない程、私は映画にすっかり集中していました。

 

 

「あなたはゲイよ」

映画『ボヘミアン・ラプソディ』の上映時間は133分と、私が今年、映画館で観た映画の中で最も長い映画でしたが、終わりまでの時間はあっという間でした。

(他に観た映画は『ジュラシック・ワールド/炎の王国』(130分)、『ペンギン・ハイウェイ』(119分)とどちらもけっこう長い映画でした。)

 

 「ライヴ・エイド」のシーンから一転、空港で働く若き日のフレディが登場した時には、映画『ロッキー』のように成功までの長い苦節が描かれるのかと思ったのですが、それは一瞬のこと。

物語的にはあまり苦労することなく、ブライアン・メイとロジャー・テイラーと巡り合い、ボーカルとして仲間となり、車の故障のシーン以外の苦労もなくデビューが決まり、テレビ出演が決まり、恋人メアリー・オースティンと結婚、全米ツアーとあっという間にスターダムにかけ上がっていきます。

 

しかし、全米ツアーの合間に国際電話でメアリーと話すフレディは、目の前を横切って男性トイレに入っていく男の姿をなぜか目で追ってしまうのです。このあたりから徐々に性的志向マイノリティを自覚していくことによるフレディの苦悩が描かれていきます。

 

そんな中で、私がはじめに心を揺さぶられたのは、久しぶりに帰宅した自宅で、メアリーにライブの映像を見せながら話をするシーンでした。

 

言葉が通じるか不安だった海外のライブで観客が「LOVE OF MY LIFE」を歌ってくれた映像を見せながら喜びを語るフレディ。しかし、浮かない顔をしたメアリーはフレディに問いかけます。

 

「何か私に隠しているでしょ」

 

少しずつ自身の性癖志向を自覚していたフレディは答えます。

 

「ぼくはバイセクシャルだ」

 

しかし、メアリーはすかさず

 

「あなたはゲイよ」

 

と宣告するのです。

指輪を外そうとしたメアリーに「決して外さないと約束した」と必死で止めるフレディ。性的志向は違っても、メアリーを心から信頼していて「君のすべて」を望むというフレディ。そんな彼にメアリーは

 

「これからはつらい道のりになるわ」

 

と答えます。そしてこれを機に2人は離婚し、フレディは深い孤独感に苛まれていくのです。

 

観客と心が通じたという喜びから急転直下、信頼し支えとなっていたメアリーと心が離れてしまう状況に直面したフレディに、私の心も大きく揺さぶられたようです。

 

 

フレディと苦悩と破滅への序曲

その後、物語はフレディの孤独と苦悩を描き始めます。

 

それまでのロン毛で派手な衣装から、角刈りタンクトップのスタイルに変わり、ロジャーから「ゲイっぽくなった」と指摘されるフレディ。その姿はマネージャーのポール・プレンターとそっくりです。メンバーたちは、フレディと親密になり、バンドのことにも口出しするようになってきたポールを疎ましく思っているようです。

 

寂しさを紛らわすために、ある晩、フレディはポールに頼んで自宅で盛大なパーティを開催し、メンバーやその家族、業界人からポールの知り合いのゲイまで様々な人を招待します。

しかし、とことん騒いで踊ろうというフレディを尻目に、家庭を築き子どもを持つようになっていたメンバーたちは、早々に帰ってしまいます。

 

一人寂しく取り残されたフレディは、後かたずけをしていたウェイターのお尻を軽い気持ちで触ってしまい、激しい怒りをぶつけられます。しかし、心を割って話をすることで打ち解けそれから朝まで親密に語り合う二人。彼は、ジム・ハットンという名前だけを告げ立ち去ります。

 

ポールとの関係が深まるにつれ、メンバーとの関係が少しずつおかしくなっていくフレディ。

 

曲作りのスタジオに遅刻することが増えたり、ポールに唆されてクイーンを見出し支えてきてくれた名プロデューサー ジョン・リードを勝手に首にしたり。さらにはポールに連れられてゲイコミュニティに入り浸るようにもなるフレディ。

 

しかし、この頃から、原因不明の病気AIDSが、同性愛者の間で流行の兆しを見せていたのです。

 

そんなある日、フレディはメンバーたちを呼び出し、ソロデビューの契約をしたことを話します。メンバーたちと激しく怒鳴りあう中でついに「俺には誰も必要ない」といって部屋を出ていってしまうフレディ。メンバーもそれぞれの道を進むことにし、ついにクイーンは決別してしまったのです。

(※しかし、これは映画の演出で「ライヴ・エイド」を最大の山場として盛り上げるための構成で、史実ではクイーンが疎遠になったことは一度もなかったそうです。)

 

 

ポール・プレンターの追放と暴露

ソロデビューして2つ目のアルバムを制作に取り組むフレディ。しかし、彼の周りのはかつてのメンバーのように意見や批判をぶつけるものはおらず、納得のいかない日々が過ぎていきます。

 

そんなフレディを心配してメアリーが何度も電話をしますが、ポールが「今彼は忙しい」と取り次がない状態が続いていました。

(この時、フレディが作曲していた曲はおそらく「I Was Born To Love You」だと思います。)

 

その頃、フレディはAIDSによるものなのか、咳に血が混ざるようになっていました。孤独を深めるフレディは、パーティの夜に出会ったジム・ハットンが忘れられず、電話帳を探しますが、ロンドンにはジム・ハットンという人物は数多におり見つけることができないでいました。

 

そんな中、ポールのもとにジム・ビーチから、アフリカの飢餓を救うための今世紀最大のチャリティコンサート「ライヴ・エイド」への出演オファーがクイーンにきていることを知らせる電話が掛かってきます。しかし、またしてもポールはそのことをフレディに伝えません。

 

ある日、フレディを心配したメアリーが、直接フレディの家を訪れ、咳き込み寝込むフレディに尋ねます。

 

「ライヴ・エイドはどうするの?」

 

それで、フレディは「ライヴ・エイド」についてポールに知らされていなかったことを知ります。メアリーにはどちらにせよアルバムが忙しくて無理だと伝えるとともに「君が必要だ。一緒にいて欲しい」と懇願しますが、そんなフレディにメアリーは今の恋人との子どもを妊娠していることを告げます。

 

そこへポールがゲイ仲間を連れて戻ってきたため、メアリーは家を出ていきます。追いかけるフレディに彼女は告げるのです。

 

「私はバンドのメンバーは家族よ。何が大事か考えて」

 

激しい雨の中、メアリーの乗ったタクシーを見送ったフレディは、家に戻ると「ライヴ・エイド」のことを知らせなかったポールを責めクビを宣告します。ポールは、フレディの性的志向や肉体関係のことなどを暴露すると脅しますが、フレディは躊躇することなく二度と顔を見せるなと告げます。

 

後日、テレビでポールがフレディとの関係を暴露している様子が流れますが、もはやフレディに迷いはありませんでした。

(※実際には、ポール・プレンターが暴露したのは「ライヴ・エイド」の後の1987年で、テレビではなくタブロイド紙のThe Sunに私生活の情報や写真を32,000ポンドで売ったそうです。)

 

 

復活そして「ライヴ・エイド」へ

 ポールを追放したフレディは、ジム・ビーチに頼んでメンバーとの話し合いの場を設けてもらいます。

 

「俺がクソ野郎だった」と素直に謝り、どんな罰でも受けるので一緒に「ライヴ・エイド」に出て欲しいというフレディの話を冷静に聞いた3人は、これからはどの曲もクイーン名義でギャラも平等にすることを提案。フレディもこれを快諾し、ここにクイーンは復活します。

 

しかし「ライヴ・エイド」の開催まではもうあまり時間がありません。ブランクを埋めるために練習を重ねる4人。病気の進行するフレディは、声が出ないこともあるようなありさまです。

 

「ライヴ・エイド」開催まで1週間と迫ったある日の練習後、帰りかけるメンバーを呼び止め、フレディは自分がAIDSに罹っていることを告白します。

 

 「ただ、このことで僕を哀れんだり、怒ったり、僕を退屈させるのは時間の無駄だ。何があってもステージに立つ。そのために生まれてきた。それがフレディ・マーキュリーだ」

 

フレディは、病気を隠して音楽へ全精力を傾けたいと力強く宣言するのです。フレディの話を聞いて久しぶりに円陣を組む4人。「ライヴ・エイド」に向けてついに心が一つにまとまった瞬間です。

(※実際には、フレディが自身のAIDSについて知った時期は1986年から1987年の間だろうといわれており、「ライヴ・エイド」のリハーサル中には、まだ病気のことを知らなかったそうです。)

 

 

ここから先、大円団に向けて物語は(かなり強引なご都合主義的に)突き進んでいきます。

 

「ライヴ・エイド」当日、発声練習の後、自宅を出発したフレディは、ついに探し当てたジム・ハットンの家を訪れ、お互いの気持ちを確かめ合います。

 

その後、ジムをともなって実家を訪れたフレディは、ジムと手をつなぎながら両親にジムを「フレンド」と紹介します。両親もフレディの性的志向マイノリティを認めます。

 

また、フレディはこれから出演する「ライヴ・エイド」が多くの人を救うためのチャリティイベントであることを説明し、折あるごとに父が口にしていた「善き思い、善き言葉、善き行い」であると言って父と邂逅し抱き合うのです。

 

「ライヴ・エイド」に向かうフレディを見送った父は、母にテレビをつけるように伝えます。

 

一方、「ライヴ・エイド」の会場ウェンブリースタジアムに到着したフレディの元に、メアリーが恋人を伴って楽屋を訪ねてきます。フレディはメアリーにジムを紹介します。フレディもメアリーもついにお互いに必要な人を見つけることができたことを知るのです。

その後、メアリーたちとジムは一緒にフレディのステージを見るために客席に向かいます。

 

 

そして、いよいよ「ライヴ・エイド」本番。クイーンの出番がやってきました。

 

超満員のウェンブリースタジアムの大歓声の中「Bohemian Rhapsody」のピアノパートを歌い出すフレディ。

 

 

そのようすをテレビで眺める両親。笑顔でうなずく母親の姿。

 

曲はその後、ロジャー作曲の「Radio Ga Ga」、「Ay-Oh」での客席とのコール&レスポンスの様子、ブライアン作曲の「Hammer To Fall」と続き、最後には「We Are The Champions」を会場全体で熱唱します。

 

ここでスタジアムに詰めかけた、さまざまな人々・マイノリティの人たちが歌う姿が映し出されます。

「We Are The Champions」の人間賛歌の歌詞と、涙を流しながら歌う観客たちの姿が相まって、物語は最高潮を迎えます。

 

それまでの苦悩や様々な確執と邂逅の先にある、この21分間の「ライヴ・エイド」のシーンは、まさに映画『ボヘミアン・ラプソディ』のさまざまな人間関係の集大成として、クイーンの曲とも相まって私の心を大きく揺さぶりました。

 

 

「ライヴ・エイド」は大観衆に向かって手を挙げるブライアン、ロジャー、ジョンと、振り返ってそんな彼らを見つめるフレディの姿で幕を閉じます。

 

そして、エンドロール。

「Don’t Stop Me Now」の流れる中で、実際のフレディの写真と共に、彼が45歳でその生涯を終えたこと。彼の傍らにはジムが寄り添っていたこと。メアリーは生涯を通じて良き友人であったことなどが伝えられます。

 

華やかな活躍の裏で、性的マイノリティを抱え、思い通りに生きられないジレンマと孤独に苦しんだフレディですが、最後には多くの「愛」に包まれて幸せだったのではないかと、とても救われた気分になりました。

 

そして、気がつけば、私の目からも涙があふれていたのです。

 

まとめ

で、けっきょく映画『ボヘミアン・ラプソディ』のどんなところが私の琴線に触れたのかといえば、たぶん、それはいろんな要素が複合的に作用したのだと思います。

 

例えば、敬虔な拝火教徒で厳格な父親との確執が、最後に邂逅するところは、父との親子関係があまりうまくいっているとはいいがたい私には、代償的な救いに映ったのかもしれません。

 

また、性的志向の結果、別れることになってしまったフレディとメアリーが、恋人でなくなっても信頼を寄せる友人として関係を続けることができたことや、新たなパートナーのジムを、家族やメアリー、バンドのメンバーが受け入れ認めてくれたこと、フレディが抱えていた心の闇、人間としての弱い部分が認められたことも、そのような救いに映ったのかもしれません。

 

これらに加え、クイーンの曲の力、人間賛歌ともいえるようなポジティブな歌詞に、心が奮い立ったという面もあるような気がします。

 

現在、多くの人から映画『ボヘミアン・ラプソディ』が支持される理由は、さまざまな心を揺さぶる要因があることが一つの理由なのかもしれません。

 

映画『ボヘミアン・ラプソディ』が私の琴線に触れた理由についての考察は以上です。