思考は現実化する

自分の潜在意識を書き換えるために、自分が学んだ事を整理しまとめています。

【自己知】自分を知ることの必要性

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こんにちは。

 

あなたは、自分のことをどれくらい知っていますか?

 

人は、他人のことは良く見えても、じつは自分のことはあまり知らないことが多かったりするものです。それは、鏡を見ないと自分の姿を見ることができないことにも、どこか似ているような気がします。

 

自分のこと知るという意味の言葉に「自己知」というものがあります。今回は、この「自己知」について、自分を知ることの必要性について考えてみたいと思います。

 

自己知

私がはじめて「自己知」という言葉を聞いたのは、たぶん小学校の卒業式のこと。そのときの校長先生が祝辞として卒業生に贈ってくれた言葉でした。

 

そのときの校長先生の名前やどんな話だったのか詳しくは憶えていないのですが、この「自己知」という言葉はその後もずっと私の頭の中に残り続けました。

 

そういえば、みなさんは昔の先生や同級生の名前、どれくらい覚えているものでしょうか?

 

実は私、校長先生どころか担任の先生も、一部の親しかった人以外の同級生もほとんど覚えていないのです。(それも小学校も中学校も高校も大学もです。)

アルバムを見れば思い出すかもしれませんが、そうでもしなければ居たかどうかも定かでないという人もたくさんいます。

 

私は、それをずっと「自分は名前を覚えるのが苦手だから」と思っていました。しかし、最近、それはほとんどの他人に興味が無かったから(もしくは興味を持たないようにしていた、または興味のないフリをしていたから)だったような気がします。

なぜなら、名前を覚えるのが苦手と考える一方で、田中芳樹さんの小説『銀河英雄伝説』の登場人物や三国志の武将、ドストエフスキーの小説の登場人物などはしっかり覚えていたりするのです。(良く考えれば、それらの方がよっぽど覚えずらいような気がします。)

 

羽海野チカさんの漫画『3月のライオン』の中に、学校で孤立する主人公の桐山君が遠足のバスに1人で座るエピソードがあります。じつは、私も同じような経験があったりります。

今思えば、きっとそれは、私が他人に興味を示さなかった(示せなかった)ことが原因だったのだと思います。学校という閉ざされた世界で、自分たちに無関心を装う人がいたら、そういうことがあるのも、しょうがないような気がします。

 

このように「名前を覚える」という筋肉をまったく鍛えずに社会に出てしまった私は、社会に出てから、会社という新たな世界で「名前を覚える」という能力が圧倒的に低いことで、とても苦労しました。

 

「〇〇さんにこれを持って行って」

「すみません。〇〇さんって、どなたでした?」

 

と終始こんな感じ。それは、私が会社内の人員配置図を完成させるまでしばらくの間続きました。

 

前置きが長くなりましたが、小学校の校長先生は「自己知」、つまり、生きていく中で自分のことを知ることの大切さ、について話されていたと思います。

 

「今は、この言葉の意味はまだわからないかもしれませんが、ぜひ覚えておいてください」

 

といって贈っていただいた「自己知」という言葉。当時も「自分のことを知るって大切なことなんだな」と感じ、確かに自分の脳裏に焼きついたのですが、それがどれ程大切なことなのかは、漠然としたまま、その後もずっと理解できないままでした。

 

自分を知ることの必要性

社会の中で、自分とは違う価値観を持った他者を理解し、その違いを認め受け入れるには、まず、自分のことを良く知っておく必要があると思います。

 

まずは

 

自分がどのような価値観を持っているのか。

 

自分がどのような状態にあるのか。

 

といった、自分の考え方や感情・思考のクセを理解すること。

 

人は誰でも、自分の「思い」「感情」「考え方」など、自分の主観で他者を捉えてしまいがちです。

その主観は生まれてからこれまで深層心理に刷り込まれてきた世界観のため、自分ではっきりと意識しないと、それを理解するのは難しいものです。

 

まずは、自分のことを知って理解すること。

 

自分の価値観や、自分の現在の状態・環境を知り、

 

自分がどんな時に、どんな考え方をするのか、どんな感情を抱くのか

 

を理解することができれば、さまざまな出来事に対して、マイナスな感情・嫌な気分を抱いたり、感情のまましてしまった言動や行動で後から自己嫌悪に陥ってしまうようなことを未然に防ぐようなことができると思います。

 

例えば、私の場合、忙しい時や時間が無い時、疲れている時はイライラしてしまう傾向にあります。

忙しいの「忙」という字は「心」を「亡くす」と書きますが、私は忙しい時は、つい他者に心無い言葉や対応をしてしまいがちです。

 

ですが、自分にそういった傾向にあることを理解しておけば、普段から

 

「私は忙しい時にイライラしがちだから気を付けて!」

 

自分自身に心がけて行動することができるようになると思うのです。

 

また、自分の価値観、自分がどんなことが好きなのか、どんなことを大切に感じるのかをしっかり知ることができれば、人生の選択肢で悩むことも、もっと、ずっと少なくなるのような気がします。

 

 

何のために生きるのか?

「自己知」には、

 

自分が何のために生まれ、何のために生きているのか

 

を知るということもあると思います。

 

みなさんは、自分が何のために生まれ、何のために生きているのか、考えたことあるでしょうか?

 

何のために生まれ、何のために生きているのか

 

自分の生きる意味

 

自分の使命

 

これらを知って、そのために生きることができれば、それはとても充実した人生といえるのではないでしょうか。

 

でも、実際には、周囲のさまざまな情報に惑い、自分の生きる意味を見いだせない、という方も多いと思います。(私もそうです)

 

人はわからないことに対して、不安や恐怖を感じたり、目を背けようとすることがあると思います。だからこそ、自分の生きる意味がわからない、ということは私たちをこんなにも苦しめるのではないでしょうか。

 

そんな中で、少しでも自分の生きる意味、やりがいといえるようなことを見出すには、まず、自分の価値観、

 

自分がどんなことが好きなのか

 

どんなことを大切に感じるのか

 

を知ることが必要なのだと思います。

 

アンパンマンの主題歌「アンパンマンのマーチ」にこんな歌詞があります。

何の為に生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのは嫌だ!
今を生きることで 熱いこころ燃える
だから君は行くんだ微笑んで。

何が君の幸せ 何をして喜ぶ
解らないまま終わる そんなのは嫌だ!
忘れないで夢を 零さないで涙
だから君は飛ぶんだ何処までも

 

何のために生まれて、何をして生きるのか

 

何が幸せで、何をすることが喜びなのか

 

この歌詞には、自分としっかり向き合い「本当の自分を知ること」の大切さが込められているような気がします。

 

自分の価値観を知って、自分が好きなこと、自分が大切に思えることを尊重して、自分が他者や社会にどのように貢献できるのかを知ることができれば、それはとても幸せな人生を生きることにつながると思います。

 

アンパンマンのマーチにはこんな歌詞もあります。

そうだ!恐れないでみんなの為に
愛と勇気だけが友達さ

 

「愛」について、『7つの習慣』の著者として世界的に有名なスティーブン・R・コヴィー博士は、ある相談者に

愛は動詞です。相手に求めるのではなく、まず、あなたが愛するという行動をとってください。

と諭したといいます。

 

【関連記事】愛について【愛は動詞・愛は具体的な行動】

 

「勇気」について、フロイトやユングと並んで現代のパーソナリティ理論や心理療法を確立したといわれるアルフレッド・アドラーは

人は、自分には価値があると思えたときにだけ、勇気を持てる。

 という見解を示したそうです。

 

自分の価値観を見つけ

 「愛」と「勇気」を友達に、

愛するという行動を通じて他者や社会に貢献する

 

きっと、あの時、校長先生が贈ってくれた「自己知」という言葉には、こんな人生の生き方へのメッセージ込められていたと思います。

(小学生にはちょっと難しい言葉でしたが、今もこうして心に刻まれています)

 

正直にいえば、私自身、すべてを愛し、すべてを許すような境地には、まだまったく届いていません。それは、私のまだ知らない(もしくは目を閉ざしている)何かが、自分の中にあるからだと思います。

そして、それを知るのには、過去のいさかいや「こだわりの理由」を自分が理解する必要があるような気がします。

 

【関連記事】こだわりの理由【7つの習慣】

 

 

まとめ

「自己知」について、ここまでそれなりに時間をかけて書いてみましたが、とりとめのない、まとまりのない内容になってしまいました。

どうやら「自己知」は、まだまだ私には整理しきれないテーマのようです。でも、それがわかっただけでも価値があったと思います。

 

「自分を知ること」は、ある意味「人生最大の目的である」ともいえるのかもしれません。そう考えながら、これからも自分の生きる意味を考えていきたいと思います。

 

 「自己知」について、自分を知ることの必要性についての考察は以上です。最後まで読んでいただきありがとうございます。