思考は現実化する

自分の潜在意識を書き換えるために、自分が学んだ事を整理しまとめています。

息子が私のことを”ぼっち”呼ばわりしてくる

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パパはぼっちだもんね

子どもは素直で無邪気で残酷なので、大人が躊躇するような「真実」をズバリとストレートにいってくることがあります。

新学期を迎えた息子に、新しいクラスはどう?と聞いていた時。仲の良い友だちと別のクラスになったという話をしているとふいに、

 

「でもパパはぼっちだもんね」

「そうだね~」

 

とこんな感じ。

以前、1度、私が子どもの頃から友達を作るのが下手だった、という話をしてからというもの、ことあるごとにいってくる。(でも悪気も悪意もない)

 

まあ、いいんです。桐山零くん*1もいっていました。

 

だいいち僕いじめられてなんかいませんし
「無視されてるだけ」です
「友達がいないだけ」っていうか…
「みんなの視界に入ってないだけ」みたいな?
ま 僕はいいんです
その辺はプロなんでっ

 

イチゴ弁当事件

そんな息子が、もう1つ、ことあるごとに”うれしそうに”いってくることがあります。

 

「パパ、イチゴだめなんだよね。あれだよね!むかしお弁当でね!」

「そうだね~」

 

いつもとてもにこやかに、イチゴの話題がでるたびに話題に出し、みんなに話そうとします。

 

私も、子どもの頃は、イチゴが大好きでした。

しかし、小学校2年のある事件をきっかけに、イチゴがまったく食べられなくなってしまいました。

 

小学2年生の春の遠足のときのことです。

私の母は、お弁当に私の好きなものを入れてくれる人でした。

 

ごはんにたまご焼き、タコさんウインナー、そしてイチゴ

 

快晴の5月。

リュックにお弁当、首から水筒を下げ、私たちは遠足で山に行きました。

自然の中に、子どもがたくさん集まれば、みんなはしゃいで走り回るものです。

もちろん、私も、リュックをしょったまま、ジャンプしたり、転がったりしていました。

 

リュックをしょったまま。

 

当時のお弁当箱は、今のように密封性も高くなく、おかずとごはんもしっかり間仕切りされていませんでした。

 

おかずとごはんが、間仕切りされていなかったんです。

 

お昼になって、お弁当箱のふたをあけると、そこには真っ赤に染まったイチゴ味のごはんとたまご焼きのシェイクがありました。

 

以前、1度、この話を息子にしたところ、よほど面白かったのか、ことあるごとにこの話を伝えようとするんです。

そんな時の彼は、目がとてもキラキラして、とてもうれしそうだったりします。(たぶん悪気も悪意もない)

 

そして、私は自分の父には絶対こんな風に話はできなかった、こんな風に接することはできなかったので、こんな息子と私の関係がとても好きです。

 

私たちは、いつまでこんな関係でいられるかはわかりません。

だからこそ、今の一瞬、この瞬間は、とても大切で、いとおしい、尊いと強く思います。

 

(この記事は、はじめ別の記事の導入で書いたのですが、2つにわけることにしました。はじめに公開したときに読んでスターをつけていただいた方、申し訳ございません。)

 

今日も、最後までお読みいただきありがとうございます。

 

*1:桐山零 、羽海野チカさんの将棋を題材としたマンガ「3月のライオン」の主人公