思考は現実化する

自分の潜在意識を書き換えるために、自分が学んだ事を整理しまとめています。

父と息子〈親子関係について〉

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 昨日、もう本当に何年ぶりかわからないくらい久しぶりに父と確執が生まれてしまった話。気持ちを整理するために、文章にしてまとめてみます。

実家に息子を連れて行く

子どもの春休みになかなか予定を取れず実家につれていけなったので、昨日、久しぶり(お正月以来)に息子をつれて実家へ行きました。

私は、もともとそれ程、実家には顔を出さない方でした。

実家は車で1時間半ほど、高速道路を使えば1時間くらいで着く距離です。それでも、社会人になってから結婚するまでは、何かと理由を設けて実家にはいきませんでした。(実際、その頃、私は盆も正月も仕事に明け暮れていたのですが)

 

それでも、結婚してからは(そして妻と別居してからも)実家に以前よりは顔を出すようになりました。

それは

子どもの顔を見てよろこんでくれる両親

を見て、自分も両親に認められたようなうれしさがあったからかもしれません。

 

うちの子は、少し意地っ張りなところもありますが、性根はとても優しく、周りの人をやさしい気持ちにさせるところがあると思います。

学校でも、男の子、女の子分け隔てなく仲良く話せたりします。

 

対して、うちの父は、少しいじわるな感じのコミュニケーションをする人です。子どもの嫌がることをワザといったりするようなところのある人です。

 

そんな父の言葉をマイペースにスルーしながらも「おじいちゃん」と声をかけるわが子。(残念ながら幼少時代の私は、父の言葉をスルーできず、すべて受け止めて、自分で心を傷つけ、そして反発していました。)

少し、ハラハラしながらも、二人はそれなりに上手くいっているように見えていました。

 

そんな二人の様子に、私は、幼少期にあまり感じ取ることのできなかった、父からの親愛を見ていたのかもしれません。

 

しかし、昨日、父のあるひとことで、私は私のその気持ちを自ら壊してしまいました。

 

おまえのしつけが悪いぞ

いつも実家に行くと、たいてい一緒に食事に出かけ、その後、買い物に行くのがだいたいお決まりのコースです。

私の母はとても甘い人なので、孫にいつも「何が欲しい」と聞いてきます。

 

私は、幼少時、こうやって「何か欲しい」といわれることがあっても、常に遠慮して本当に欲しいものを欲しいということができない子どもでした。それは、大人になっても変わらず「遠慮」という体裁のいい言葉で自分の気持ちを偽ってきました。

 

以前は、自分の子どもにも「少しは遠慮しようかな」ということをいっていました。ですが、ある時からなるべくそういうことをいわないように心がけるようにしました。

 

自分の制限思考を子どもにまで押し付けてはいけない。

 

それからは、どうしても気になったり、「遠慮」を口にはさみそうになる時は、その場から離れるようにしました。

母そして父には、子どもに良くしてもらった分以上に、感謝すれば良いと考えるようにしました。

 

対して、父はとても堅実な人でした。無駄遣いを看過できない人でした。

以前、母が、若い頃はそのことを疎ましく思ったこともあったが、今こうして不安なく暮らせることを考えるとよかった、といっていたのが印象的でした。

一方で、母は「ガチャガチャとかやってみたくなるけど、お父さんが嫌がるから」というようなこともいっていました。

私は、その時、そんな母に「その気持ちは、私も少しわかるかも」と答えました。そういうところの考え方は私は父に似ているのだと思います。

 

そんな母ですから、私の子どもに「何か欲しい」といって、何かを買ってあげたり、ガチャガチャをやらせたりするのは、もしかしたら自分の代償的な気持ちがあるのかもしれないと思ったりもします。

 

 昨日も、息子はスーパーでおばあちゃんのいわれるままに、いろんなものをカゴに入れていました。

ヤクルト

さけるチーズ

キャンディーチーズ

 ベビーチーズ

ローストビーフ

りんご

たまに、私の顔を見て「いい?」と聞く当たりに、普段、いかに私が彼にそれらを「ダメ」といっているかが伺えます。

 

父ははじめ「煙草を吸って待っている」といって買い物にはいませんでした。

しかし、りんごをカゴにいれた頃に、ふっと現れひとこと

 

「まあ、ぎゅーっとつねってやればいいんだ。

 そんな風にして行儀のわるいのは、ひっぱたいて

 いうことを聞かせればいい。」

 

一瞬、何をいわれたのか理解できませんでしたが、すぐに、息子が買い物で欲しいものを探す際に、興味のある商品に触れていることだと気づきました。

その時、私は、息子と母の楽しそうな様子をみて、そこまで気が回りませんでした。

 

しかし、それでも、いきなり叩いたりするのはどうかと思い、子どもに「そんな風に触さわったらだめだよ」といいつつも、笑顔で父に「すみません、気を付け・・・」といいかけ

 

「おまえのしつけが悪いぞ」

 

私は、まじまじと父の顔を見ました。

他にも、何かいっていたような気がしましたが、私は頭が真っ白になってしまい、それ以上聞き取ることができませんでした。

 

「わかりました。ありがとうございます。」

 

そういうと、私は息子を連れ、急いでレジに向かっていました。

支払うという母を丁重に断って、自分でレジを済ませてしまいます。

4,364円

2人の1か月の食費がだいたい3万円くらいのわが家にとっては結構いたい金額ですが、これが意地を張った代償です。

 

「これでよかったんだ!」

両親を実家へ送り届けたあと、子どもにこれからどうしようかたずねてみました。

天気はあいにくの雨でしたが、その日は、カーシェアで車を21時まで借りていたので、まだ返却までにかなり時間があったのです。

 

「近くの公園の桜がきれいという話だから、見に行ってみようか?」

そういうと「行こう!行こう!」と明るい返事。

やさしい息子は、いろいろ察してくれている感じでした。

また、息子に気を使わせてしまいました。

 

公園に着く頃には、一旦、雨はやんでいました。

いつもなら遊具で遊ぶ息子ですが、この日はどの遊具もびっしょりぬれていたためさすがに諦めると、すぐに切りかえ、濡れた芝生の先の少し小高くなっている場所に走っていきます。

 

その後、二人で満開の桜の下を歩きます。雨さえ降らなければ、たくさんの人で賑わっていたでしょうか、その時は私たち二人だけでした。

 

「こんなきれいな桜をゆっくり見られてラッキーだね!」

 

(ああ、今日のラッキー勝負は息子の圧勝だ)

そんなことを思いながら、桜並木を歩きます。

 

「そういえば、このソメイヨシノは人工の交配で作られたクローン植物で、1代限りで子どもはできないんだよ」

「へー、そうなんだ」

 

そんなことを話しながら車に戻ります。

その後、以前から行ってみたかった、近くの学問の神様を祭っている神社へ向かいます。

そこは、私がまだ小学生の頃、数回、家族で初詣に行ったことがある神社です。しかし、その後、終ぞ行くことがなく、以前から実家に帰るたびに行きたいといっていた場所でした。

そして、幸い?なことに、昨日はまだ時間がありました。

 

「手水舎(てみずや)」で手と口をすすぎ、境内に着くと所々にQRコードがあります。「ああ、これはQRコードでアクセスすると解説が見られるんだね」と、一旦、車にスマホを取りに戻ります。

その後、二人で順番に確認していきます。

 

額を撫でると勉学にご利益があり、からだを撫でると病を癒すという「願掛け撫で牛」

 

手を合わせて願い事を一心に唱えたあとお地蔵さんを抱きあげ、願いが叶うなら軽々と持ち上がる、叶わなければ重くなるという「重軽地蔵」

 

書道や学問、芸術の上達を祈る「筆塚」

 

石を一つ持ち帰り、毎日「いぼいぼ消えろ いぼいぼ無くなれ」と一心に唱えるとイボを取るご利益があると云われる「霊石いぼとり石」

 

平安の昔から続くお百度参りの石標「百度石」

 

など、1つ1つ説明を読んで試したり、いろんな人の絵馬を見たり。

子どもが楽しそうに感心しているのを見たり、二人でいろいろ話しているうちに少し心が軽くなった気がします。

 

最後に、2人でおみくじを引きました。

私は「大吉」。息子は「中吉」。

(大吉を引くのは本当に何年振りだろうか?)と考える横で「いいな、〇〇ちゃんも大吉が良かったな」という息子に「でも〇〇ちゃんも、すごくいいことが書いてあるよ!」というと

「ほんとだ!二人ともラッキーだね!」

とうれしそう。

 

(その笑顔を見られただけで、私は本当にラッキーだよ)

そう思いながら、いろいろあったけれど、今日はこれでよかったんだ、と思うことにしました。

 

「これでよかったんだ!」

は、いつも素敵な言葉に励まされるサンタんぼ (id:santambo) さんの、この記事を読んで思い出しました。

 

 

もしかしたら、使い方が間違っているかもしれないけれど、今は「これでよかったんだ!」と思って前に進んで行こう。

 

長くなってしまったので、父とのことはまた別の機会に整理してみようと思います。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

そして、わが家の心優しい息子、いつも本当にありがとう。

こんなやさしい息子との心安らぐ日々をくれて、神様、本当にありがとうございます。