思考は現実化する

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思考は現実化する

自分の潜在意識を書き換えるために、自分が学んだ事を整理しまとめています。

ラッキー勝負!〈運のいい人の法則〉

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「パパ、今日はラッキー勝負だよ!忘れちゃったの?」

 

お風呂に入る時に、わが家の王子(もうすぐ小4)が、呼びかけてきた。

もちろん、忘れるはずなどない。今回も、勝負を、持ちかけたのは私なのだから。

 

うちの王子は、戦いや勝負ということが大好きで、二人でお風呂でする会話はそんな話題が多い。

 

たとえば、お互いが2つの島の領主になって、取引をしながら島を発展させていく、という物語(通称「取引」)や、息子が冒険者になって、世界を冒険するお話(通称「冒険のお話」)、ゲーム『テラリア』*1の彼が考えた新しいMOD*2の設定の話(通称「MOD」)など。

最近は、スマホゲーム『にゃんこ大戦争』*3の彼が考えた新しいキャラクターの設定(通称「にゃんこ」)を聞いてほしいということが多かったりします。

 

これらの話、とてもうれしいことに、息子からは「パパにしか話せない」といってくれるのですが、いかんせん子ども特有の終わりが見えない話で、それ程、面白い話ではなかったりします。(正直にいうと、まあつまらない)

 

お父さんとしては、もっと学校のことや、友だちとのことが聞きたいのですが・・・。

 

しかし、今日のお風呂では「ラッキー勝負!」の話をすることになりました。

ラッキー勝負!

「ラッキー勝負!」とは、お互いにその日にあった「ラッキーな出来事」の数を競い合うというもので、息子と私の二人でたまに開催します。

前回は、今年の1月に、ラッキーな1年になるようにと考え行いました。

今回は、新学期に向けて、お互いの運の良さを競い合います。

 

ルールは簡単です。

その日にあった「ラッキーな出来事」の数を競い、お互いに自慢しあうだけです。

 

「でも、ラッキーな事なんて、そんなにたくさんあるの?」

と思われるかもしれませんが、ラッキーかどうかは自己申告制のため「ラッキーだった」といえばカウントされます。

 

ちなみに今日の二人のラッキーはこんな感じです。

 

(はじめのうち)

「久しぶりの学童で〇〇ちゃん(指導員さん)に会えたよ」

「けさはとても早く着いたから余裕を持って打ち合わせに臨めたよ」

「まだ秘密だけど、学童でとてもいいものを作ってるよ」

「朝一番の打ち合わせが、とてもスムーズに終わったよ」

(10個を超える当たりから)

「きょうのお昼はきらいなしいたけとエビが入っていたけれど、ちゃんと食べられたんだよ」

「1週間かけて準備した企画内容は、残念ながら採用されなかったけど、おかげで今日は早く帰ってこられたよ」

「朝、とても眠かったけれど、ちゃんと起きられたよ」

「今日は、打ち合わせでお客様のところに直接いったから、会社に自転車がなくて、おかげで帰りは久しぶりに歩いて帰ってこれたよ」

そして、最後はお互いに「今日はほんとうにラッキーな1日だったね」と称えあうのです。

「あなたは運がいいですか?」

「あなたは運がいいですか?」と質問されたら、あなたはどう答えるでしょう?

 

あのパナソニックを一代で築き上げた経営の神様、松下幸之助さんは、次のような言葉を残しています。

 

面接で"運が悪い"と答えた人は、どんなに学歴や面接が良くても、即不採用。

 

松下幸之助さんは、面接の最後に必ず「あなたは運がいいですか?」と質問し、「運が悪い」と答えた人は、どれだけ学歴や面接結果が良くても不採用にしたといいます。

 

そんな、松下幸之助さんは自身について著書『人生談義』の中で

 

「ぼくは運のいい人間だと思いますよ」

 

とおっしゃっています。その運のよさを物語るエピソードをご紹介します。

 

セメント会社の臨時雇いとして働いていたときのこと。

仕事の帰りに船に乗っていると、近くを通った船員が足を滑らせた際に抱きつかれてしまった松下さんは、一緒に海に落ちてしまいました。

無我夢中で手足をバタバタしていたら、戻ってきた船に救助され助かったそうです。

「夏だったからよかったけれど、もし冬だったら死んでいたでしょうな」

 

独立して商売を始めたばかりの頃のこと。

自転車で製品の配達をしていたら、四つ角から飛び出してきた車とぶつかり、近くの線路まで吹っ飛ばされてしまいました。

さらに間の悪いことにちょうど電車が迫ってきたのですが、二メートル手前で止まってくれ、かすり傷一つなかったそうです。

 

うん、さすが、経営の神様といわれるだけあり、運も兼ね備えて・・・いる?

運のいい人の法則

「運がいい」

というと

「宝くじに当たる」

「無謀ともいえるチャレンジに成功する」

というような人知のおよばないような、確率の低い幸運に恵まれるようなことと思うかもしれません。

 

しかし、英国の心理学者リチャード・ワイズマン博士が、幸運と不運を隔てるものに興味を抱き、10年の歳月をかけ数百人へリサーチした研究によると、運はけして魔法の力でも、神様からの贈り物でもなく、運は考え方と行動で変えられるといいます。

 

ワイズマン博士は、さまざまな実験を重ねながら「運の良い人」「運の悪い人」の違いを調査しました。

 

ある実験では、自分は「運が悪い」という人と「運が良い」という人を集め、その人達が喫茶店の前に落ちている5ポンド札の存在に気づくか、そして喫茶店の中に入り、どのような行動を取るかを調べました。

 

「運が良い」と答えた人は、喫茶店の前に落ちている5ポンド札に気づき、喫茶店の中に入ると「実業家」の横に座って、自己紹介をし、コーヒーをご馳走して、会話をし始めました。

一方「運が悪い」と答えた人は、5ポンド札の存在にも気づかず、「実業家」の横には座ったものの、話しかけることはありませんでした。

 

その日の午後、両者に「今日の午前中、何か良いことか悪いことはありましたか?」と、質問したところ、「運が良い」という人は、道で5ポンド札を見つけたことや、喫茶店で実業家と会話が弾んだことを嬉しそうに話したのに対して、「運が悪い」という人は、無表情で、特に何もなかったと答えたそうです。

  

ワイズマン博士は「運のよさ」は「考え方」や「心の持ちよう」が大きく影響すると述べています。

 

 

長者番付の常連だった事業家の斉藤一人さんも、こんな風におっしゃっています。

 

「ついてる」という言葉を1日1,000回言おう。

「ついてる」と言っていると心の底からやる気が湧いてきたという人が多いので、何か夢を叶えたい人は1日1,000回「ついてる」をいってみるといいですよ。

 

ここまで、お読みいただいたみなさんに、改めて質問です。

 

「あなたは運がいいですか?」

 

もしかしたら、世の中に、運の良し悪しなんて存在しないのかもしれません。

もし、そうだとしたら、それはとても素敵なことではないでしょうか?

 

運が、本当にあるのだとしたら、運のない人は、運のある人には、ある面でかなわないわけで、それは才能のあるなし以上に残酷なことのような気がします。

だからこそ

 

「運のいい人」なんて存在せず、考え方ひとつで大きく変わるんだ

 

という方が、自分でも何とかする余地があるような気がします。

 

 

「ラッキー勝負!」でラッキーなことを言いあっていくと、どんなことも考え方次第で「ラッキー」と解釈できるような気がします。

それに、息子がムキになってラッキーを探しながら、自然と今日の出来事を教えてくれるのも、とてもうれしかったりします。

(しかも、その後「にゃんこ」の新キャラの話もしっかり聞かせてもらえて・・・ラッキー?)

 

最後に、最近、拝見した2つの記事を勝手ながらご紹介させていただきつつ、今日の記事を終了したいと思います。

takadanut.hateblo.jp

kesidayo.hatenablog.com

 

 

すべての出来事に、すべてのみなさんに感謝いたします。

今日も、最後までお読みいただきありがとうございます。

*1:『Terraria』(テラリア)は、Re-Logicが開発したPC用のサンドボックスゲーム。様々な敵との戦い、広大なフィールドの探索、アイテムの作成、そして建築などの要素があるのが特徴。(Wikipediaより)

*2:MOD(モッド)とはPCゲームのデータの改造や追加を行うユーザー製のファイル、またそれらを適用したゲームのこと。広義ではカスタムマップやスキンなどユーザー製のデータ全般も同様に呼ばれている。MODを導入する前のオリジナルの状態をバニラ(Vanilla)という。(ニコニコ大百科(仮)より)

*3:『にゃんこ大戦争』(にゃんこだいせんそう)は、ポノスより2012年11月25日に配信されたiOS・Android用のソーシャルゲーム。プレイヤーが、自身の編成したキャラで敵キャラと戦闘を行い、勝利することを目的とする戦闘ゲームである。(Wikipediaより)