思考は現実化する

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思考は現実化する

自分の潜在意識を書き換えるために、自分が学んだ事を整理しまとめています。

カラダの筋肉、ココロの筋肉

日常 考え方・習慣

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〈こちらは、今、日曜日の夕方。昨夜からカラダが重く、普段はほとんど感じることのない肩こりがやけに酷い。〉

 

昨日の土曜日は、久々に人とお会いする約束があり、朝から終日出かけていました。

「久々に人と会う」というと、普段、あまり人と会わないような印象を与えてしまうかもしれませんが、私も、一応、会社員なので、毎日、会社には出勤し、仕事上のコミュニケーションやクライアント・協力会社との打ち合わせなどは普通に行っています。

しかし、一旦、仕事を離れると極力、人と会わないで済むように、済むように、というようにしています。

(そんな自分のことを、私は自分で「プライベート引きこもり」といっています。本当に引きこもりで苦しんでいる人には、怒られてしまうかも、不快に思われてしまうかもしれませんが、私は私なりにこの社会に生きにくさを感じながらも「義務感」でなんとかしがみついている部分もあるのでお許しくださいm(__)m)

 

そんな、私ですが、たまに「このままではいけない!」と思い立ち、人にお会いしようと試みることが、年に十数回あります。

昨日も、そのような考えで、こちらから面談をお願いした相手でしたので、失礼があってはいけないと、待ち合わせ時間の1時間半前に出発し、30分以上前に着くという気合の入れ方でした。

 

そんな風に、自分を鼓舞して、人とお会いした翌日、大抵、私は、1日ぐったりしてしまいます。以前は、普段、飲まないアルコールのせいか、と思っていたこともありましたが、お酒なんか飲まなくても、ぐったり全身が重い。

 

これは、私が、これまでカラダとココロを鍛えることに注力してこなかったことによる「虚弱体質」が原因だと思います。

カラダの筋肉、ココロの筋肉

一般に筋肉を鍛える、筋力をつけるには

筋肉に負荷をかけ、筋肉繊維が破れて、神経がその痛みを感知するまで続ける。

といいます。

そうすることで、十分な栄養と休息を経て、肉体はその繊維を48時間以内に修復して、以前より太く強固になるのです。

実は、これと同じ原則は、忍耐や情緒面などの「ココロの筋肉」にも作用しています。

自分のそれまでの限界を超えるまで我慢し続けると、

 精神の筋肉繊維が破れ、自然と過補償*1され、

次にそれと同じ負荷がかかっても耐えられるようになる。

精神力が強くなるのである。

(スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』より)

 筋肉を鍛える・維持することの重要性

誰でも、健康を維持するためには、つねに自分の身体に気を配り大切にすることが重要だと気づいていると思います。

 そのためにも、

身体に良いものを食べ、

十分な休養をとってリラックスし、

定期的に運動する。

 ということを日々の暮らしの中で、意識的に行っていく必要があります。

しかし、多くの人が、その大切さを知りながら、なかなかこれらを続けることができません。

 

ついつい、ジャンクフードやファストフードばかりになっていませんか?

夜更かしや不規則な生活になっていませんか?

「時間がない」を言い訳に、運動をさぼっていませんか?

 

この中でも、特に強く意識しないと続かないのが「運動」だと思います。

多くの人は、

「運動する時間なんかない」

と思っていると思います。しかしこれは大きく歪んだパラダイム*2だ。

 「運動せずにいてもよい時間などない!」

と思うべきなのである。

せいぜい、週に三時間から六時間程度、一日おきに三十分くらい体を動かせばいいのである。

週の残り162時間から165時間を万全の体調で過ごせるのだから、たったこれだけの時間を惜しむ理由などないだろう。

(スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』より)

 

かくいう私は、カラダの維持には無頓着です。

(一般的に、自己肯定感の低い方は、自分のことを大切にする、という感覚・意識が育たないような気がします)

今日から、気をつけていこう。

 

ココロの筋肉はどうやって鍛えるの?

アスリートを目指すのではない限り、特に特別な器具を使わなくても、腕立てや腹筋、ストレッチなどで、十分カラダを鍛えることはできると思います。お金や時間に余裕があればジムに通うのも良いでしょう。

(良い食事と、十分な休養も忘れずに)

 

では、ココロの筋肉を鍛えるには、どうすれば良いのでしょう?

今日は、ココロの筋肉を鍛えるためのジムをご紹介します。

それは

 

 

 

学校や会社に行きましょう!

 

ココロの筋肉は人間関係のストレスで適度な負荷を掛けることで鍛えられます。

だから学校や会社に行って人間関係に揉まれるのがそのままトレーニングになるんです。

(もし期待された方がいらっしゃったらごめんなさい)

 

いくつか、具体的なトレーニングメニューを考えてみました。

 

「あいさつ」

これは、会社でも学校でも簡単にできるトレーニングです。

明るく、笑顔で、元気よく、あいさつしてみましょう。

あなたのレベルに応じて、相手を変えることで負荷を変えることもできます。

「説教」

会社で受けられる可能性のあるトレーニングです。

怒りっぽい上司の小言も、自分を鍛えるためのトレーニングだと思えば、

がぜん、楽しくなってきます。

そうして、前向きにとらえれ相手に感謝の気持ちを感じるようになると、人間関係も良くなったりします。 

「 告白」

これも、会社・学校で実践できるトレーニングですが、

初心者には、なかなかハードルが高いです。

あいさつ、日常会話、連絡先交換、デートに誘う、

などのトレーニングをへてからをおススメします。

 

私が、実践しているトレーニングもご紹介します。

「エレベーターの中で、声をかけてみる」

一緒に、乗った(知らない)方に、思い切って声をかけてみます。

簡単なのは、後から乗る方に

「何階ですか?」

とたずね、ボタンを押す方法。

慣れてくると、

「今日は残業ですか」

「こう雨ばかりだと、いやですね」

みたいな話もできたりします。

「 レジの人に「ありがとう」」

コンビニでも、スーパーでも、飲食店でも、

「ありがとう」

というだけです。

「ありがとう」といわれて嫌な気分になる人はあまりいないので

簡単に実践できいます。

慣れてくると

「とてもおいしかったです。ありがとう」

「丁寧な対応、ありがとうございます」

などのバリエーションも加えられます。

日ごろから「ありがとう」という感謝の気持ちを表明することに慣れていくと、自分が感謝されることに対する”戸惑い”も少なくなってくるような気がします。(天国言葉)

「天国言葉」については、こちらもご参考いただければと思います。

 

もしも、ココロが傷つきそうに感じたら?

ココロを鍛えるために、誰かとコミュニケーションをする際、

誰かのこころない言葉で、傷ついてしまう、と思うかもしれません。

世の中には、こころない人がいたり、思い違い、考え方の違いなどで、キツイ言葉を投げてしまう方もいるものです。

そういう人たちに、

「そういう言葉を使わないで」

というのは、難しいものです。

そのような言葉は変えようはありません。ですが、それに対して、自分がどのように「感じる」のかは、自分の意志で選ぶことができます。

 

「出来事」⇒「解釈」⇒「反応」というプロセスがあることを意識する

そして、それが意識できれば

反応(リアクション)をポジティブに変えることができる

大切なのは、

その反応は自分で選んでいる

のだと意識することです。

(ポジティブ・リアクション)

 

誰かに、何か思いがけない言葉を投げかけられても、その言葉をどのように解釈するかは、あなたの自由です。

だったら自分が「つらい」「みじめな気持ちになる」ような「反応」を選ばない、ということもできるのです。

 

「ポジティブ・リアクション」については、何度も書いていますが、これは、今の私にとって大切なテーマだと思っています。

 

「ポジティブ・リアクション」については、こちらもご参考いただければと思います。



こんな風に書いている私ですが、カラダもココロも虚弱体質です。

ココロについては、たまにスパルタで「たくさんの人に会う」ということをやったりするのですが、その後は、ぐったり疲れきってしまい、しばらく誰とも会いたくなくなってしまいます。

(でも、ちゃんと会社に行くなどの最低限の義務は果たしています)

 

そんな風に失敗を繰り返してしまう、私のための忘備録として。

改めてカラダとココロを鍛えることについて、しっかり向き合っていこうと思います。

 

 

 

ちなみに、土曜日にお会いした方とは、喫茶店でモーニングを食べながら、お話を伺ってもらったのですが、その際にとんでもないことが・・・

会話に興じるあまり、

 

口から飛び出したパンの切れ端が、相手のお皿に Σ(゚д゚lll)ガーン

 

「気にしないでください」

と余裕の何事もない顔でおっしゃっていただきました。

そのお気遣いに甘え、この恥じや失態も、私のココロの筋肉を鍛えるための負荷と考えることにします。

 

こんな文章ですが、書いているうちに不思議と肩が軽くなってきたような気がします。

今日も1日、平穏無事に過ごせたことに、子どもが笑顔で帰ってきてくれたことに、すべてのしあわせな出来事に、感謝いたします。

そして、今日も、最後までお読みいただき、ありがとうございます。

*1:過剰補償(かじょうほしょう)劣等感が極端に強う強い場合に、周囲の誰よりもぬきんでようとして、異常なほどの努力をすること。これが病的なほど極端になると、まわりの人への配慮なしに、他人の生活を妨害したり、支配しようとし、人間関係において摩擦を起こすようになる。結果的に、周囲から受け容れられず、人間の共同体感覚から遠ざかるという不幸を招くことがある。

*2:パラダイム[哲学](科学上の問題などについて)ある時代のものの見方・考え方を支配する認識の枠組み。「地動説は天動説に対する―の革新だった」