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思考は現実化する

自分の潜在意識を書き換えるために、自分が学んだ事を整理しまとめています。

失くしたくないものを 見つけたんだって気づいたら

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今日は、有休を取って、うちの王子(息子)の授業参観に行ってきました。

 子どもと接すると、毎日、いろんなことに気づかされ、ハッとすることが多いです。

でも、残念ながら、後から思い出そうとすると、たった1週間前の出来事ですら、すっかり忘れてしまっていることも多いです。

今日は、子どもとの何気ない日常を振り返りながら、日々考えることを書いていこうと思います。

失くしたくないものを 見つけたんだって気づいたら

 今回のタイトルはBUMP OF CHICKENの「アンサー」の歌詞の一節を引用しました。

私にとっての子どもは、まさに「失くしたくないもの」。歌詞はこの後、こう続きます。

「こんなに嬉しくなって こんなに怖くなるなんて」

 

 私は、昔からあまり自分のことを大切に思えないようなところがあったと思います。

それはきっと「自己肯定感」が低いことも原因なのかもしれません。

 

こんな私ですが、自分に子どもができた時は、本当にうれしかった。

 

はじめは、抱きかかえるのが怖かった。

それでもいつまでもながめているだけで幸せな気持ちだった。

できれば会社に行かないで、ずっとそばにいたいと思い、息子の母に嫉妬した。激しい嫉妬だ。

首がすわるようになったら、抱っこヒモでいろんなところに一緒に出掛けた。

喘息持ちだったので病院にも良く行った。

 

私の人生の中で、私にとって最もスキンシップの多い相手は、息子だと思う。

かけがえのない幸せは、同時にとてつもない恐怖を生み出した。

「自分のせいで、息子が傷ついてしまったら、どうしよう!?」

親は子どもへの影響力が強い存在

当たり前ですが、親はどうしても子どもに強い影響を与えてしまう存在です。

私が、自分の両親から強い影響を受けているように、そして息子の母がその両親から強い影響を受けているように、”私”と”彼の母”は知らず知らず息子に強い影響を与えてしまい、息子の生き方・考え方を形成してしまうのです。

 

書籍『7つの習慣』の巻末に、子育てについて次のように書かれていました。

アルベルト・シュバイツァー*1は、子育てには三つの基本ルールがあると言っています。第一に、手本を示す。第二に、手本を示す。第三に、手本を示す。私もそのようにしたいと思いますが、とてもそこまでいきませんね。そこで私が考える三つのルールは、「第一に手本を示す。第二に愛情深く思いやる関係を築く。第三に『7つの習慣』の基本的な考え方を子どもの言葉でわかりやすく教える」というものです。

 子育て、ハードル高すぎ!_| ̄|○

子どもにいわれてハッとすることが、自分の気づきになる

子どもと話をすると、いつもいろんなことに気づかされます。

以前、こんなことを言われたことがあります。

「命令ゲームをしている訳じゃないのに、なんでそんなに命令ばっかするの!?」

その頃、学校で「命令ゲーム」が流行っていて、命令役になった人は、他の人にいろいろ”命令”ができたようです。

そうすると、家で「あれをしなさい」「これをしなさい」と強い口調でいわれることに、疑問を持ったようです。

「なんで命令されんといかんの?」

親としては、できないことに苛立って、ついつい強い口調でいってしまうことがありますが、こういわれてハッとしました。

(同時に、私に、しっかりとこういえる息子と私の関係に嬉しくなりました。自分が子どもの頃、父にそんなこととてもいえませんでしたから)

 

大人の立場で強くいって、いうことを聞かせるのは(今は)簡単です。

それは、子ども相手だけではなく、自分より立場の弱い人に対しても同じ。私は、ハッとしました。

 

自分から子どもに話していることで、気づくこともあります。

友達の家に遊びに行くことについて、こんなことをいったことがあります。

「いつも友達が遊びに来てくれてうれしいよね。

もし、用事があって遊べない時でも、来てくれたらうれしくないかな。

それは、きっと友達も同じだよ。

だから、もし、”息子ちゃん”が遊びに来てくれたら、その日は用事があって遊べなかったとしても、きっととてもうれしいと思うよ」

いいながら、自分を振り返って

”じゃあ、なぜ自分は、他人と積極的にコミュニケーションをとれないの?”

と自問したり。

自分が気づかないこと、気づかないふりをしていること、目を背けていることに、ハッとすることがあります。

 

なんだか、とりとめのない感じで上手くまとまらないですが、最後にこちらの記事を引用。(最後の余談のところです)

私は、息子が元気がない時に、こう歌います。

しょんぼり、しょんぼり、しょんぼり、しょんぼり、”息子ちゃん”だ。

近づいたってどうしよう!かわいくってどうしよう!

富士しょんぼりパーク

ちなみにうちの息子は、元のCMは見たことないのですが、今ではいっしょに歌います。

 

こんな私と(まだ)一緒に遊びたい!といってくれる、息子に感謝します。

そして、今日も、息子が無事、楽しそうに過ごせたことに感謝します。

(欲をいえば、明日の今年最後の漢字のテストで100点とらせてあげてください)

*1:アルベルト・シュヴァイツァー(Albert Schweitzer, 1875年1月14日 - 1965年9月4日)は、ドイツ出身のアルザス人で、ドイツ系の神学者・哲学者・医者・オルガニスト・音楽学者。
名のAlbertは、フランス語では「アルベール」となる。姓のSchweitzerは、「シュヴァイツェル」「シュバイツァー」とも表記される。20世紀のヒューマニストとして知られている人物である。30歳の時、医療と伝道に生きることを志し、アフリカの赤道直下の国ガボンのランバレネにおいて、当地の住民への医療などに生涯を捧げたとされている。日本においては、内村鑑三などによって古くから紹介され、その生涯は児童向けの偉人伝において親しまれている。
哲学でも業績を残し、「生命への畏敬」の概念で世界平和にも貢献した。「密林の聖者」と呼ばれている。また、音楽にも精通し、バッハ研究でも有名である。「人生の惨めさから逃れる方法は二つある。音楽と猫だ」という言葉を残している[1]。生まれつき非常に頑健であまり疲れない身体を持っていた。(Wikipediaより)