思考は現実化する

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思考は現実化する

自分の潜在意識を書き換えるために、自分が学んだ事を整理しまとめています。

お金の仕組み〈お金は信用を数値化しただけのもの〉

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 信用とお金の関係

最近「お金は信用を数値化しただけのもの」という話を聞く機会があり、信用とお金についていろいろ考えてしまいました。

(私が何を考えてしまったかは後ほどにして)みなさんは「お金は信用を数値化しただけのもの」ということについてどう思われるでしょう?

お金は信用を数値化しただけのもの」。

では、そもそもお金ってどんなものでしょう?

材質的には「ただの紙切れ」や「金属片」でしかありません。

でも、お金を使えば、お店などでものを購入したり食事をしたりといった「モノ」や「サービス」の受け取ることができます。

これは、お金がそれらの「モノ」や「サービス」と同じ価値があるという「信用」があるからです。

そして、その信用はお金を発行している「国」が担保しています。

私たちは意識するしないに関わらず「日本」という国を信用しているからこそ、日本円を使って生活することができているのです。

では、もし、その国が信用を失ってしまったら、お金はどうなってしまうのでしょう。

国が信用を失うデフォルト〈債務不履行

2015年、ギリシャが借金の返済が滞りデフォルト〈債務不履行〉寸前までいったことがありました。

この時は、ぎりぎりの段階でEUとの間で合意が成立し金融支援を受け、ギリシャは厳しい財政再建に取り組むことになりました。

でも、もしデフォルト(=借金の返済が不能になったこと)してしまっていたら、もっと大変なことになっていたでしょう。

もし、国が借金を踏み倒して信用を失ってしまえば、信用のないその国が発行するお金を信用を失って(=価値がなくなって)しまいます。

しかも、1度、失ってしまった信用は中々取り戻すことができないもの。

誰だって、借金を踏み倒した人を信用してお金を貸したいとは思わないように、信用を失ってしまった国も同じように他の国からまともに相手にされなくなってしまいます。

(グローバル社会では死んだも同然ではないでしょうか)

お金がないのは信用がないから

前置きが長くなってしまいましたが「お金は信用を数値化しただけのもの」を聞いて私が考えてしまったこと。それは

私がお金がないのは、信用がないから

という、これまで目を背けたくなる(無意識に見ないできた)悲しい現実です。

私はサラリーマンなのでお金は会社から給与としていただいていますが、その「給与」は「私が会社にどれだけ信用されているかを数値化したもの」といえます。

さらに、私の会社が他の会社よりも給与水準が低いのは、決して社長が渋いからではなく、他の会社に比べ信用が低いから。

こんなことに思い至って、今更ながら落ち込んでしまいました。

個人の信用力は所属する組織の信用力で判断される

社会人になると何度か、自分の信用力を試される機会があります。

例えばクレジット(=信用)カード。

社会人になると、クレジットカードは会社に就職していないと作るのもままなりません。

他に結婚なども自分の信用力が試される機会です。つい先日、こんな記事を読みました。

この記事を読んで、私も結婚と評価・信頼・信用の関係に改めて思い至りました。

結婚も結婚相手はもちろん、その両親、家族、親族からの信用あればこそのもの。

(もちろん幸せな例外もあると思いますが)きれいごとだけでは厳しいものだと思います。

(現在、別居中の私は”自ら”その信用を投げ出そうとしているともいえます。)

個人的に信用の重要さをことさら思い知ったのは、住宅ローンの借り入れです。

住宅ローンを借りる時ほど、大企業勤めや公務員を羨んだことはありませんでした。

大企業勤めや公務員は借り入れの際に金利優遇を受けられることが多いのです。

当時は「中小企業より給与が高い上に、金利優遇まで受けられるなんて」と思いましたが、今にすれば

「お金は信用を数値化しただけのもの」

という原則からすれば、信用力の高い大企業勤めや公務員が優遇されるのは当然なんですよね。

住宅ローンについては他にも、その当時勤めていた会社でローンの適用を受けられる十分な年収を得ていたにもかかわらず、ある地元銀行から融資を受けることができなかった、ということがありました。

その時は、結局、何とか別の銀行から融資をうけることができましたが、当時はその銀行を恨んだものです。

しかし、その数年後、その地元銀行の”私に貸さない”という判断が正しかったという事態が発生しました。

当時の私の勤め先が倒産したのです。

お金は大切に=信用は大切に

子どもの頃、両親から「お金は大事」「お金は大切」といわれ

「そりゃ、お金がないと困るからね」

と思いつつも、一方で

「でも、お金なんてたくさん稼がなくても、自分の好きなことをやって楽しく生きられれば」

なんて甘い考えで生きてきてしまいました。

その”ツケ”が今の「お金がない=信用のない」自分だとすれば、自業自得だと納得です。

それでも、もしもっと早く

「お金は信用を数値化しただけのもの」

という原則を知り、それを意識して

「信用は大事」「信用は大切」

といわれているのだと理解できていれば、もしかしたら”今とは違う自分”になっていたのかも、と考えたりもします。

だから、自分の子どもには、もっと分かりやすく

「信用は大事に」「信用は大切に」

と伝えていこうと思います。

そして私自身も、お金を稼ぐという考えではなく、信用を得るという考え方で、自分の才能を活かして世の中に貢献できることは何なのかを考えていきたい。

それが今の仕事や、新たな副業ならいいな、と思います。