思考は現実化する

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思考は現実化する

自分の潜在意識を書き換えるために、自分が学んだ事を整理しまとめています。

時間とお金はあまらない

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「時間とお金はあまらない」

これは、 先日、ある方から聞いた言葉です。

「世の中は上手く出来ていて、お金があまったら、時間があまったらといってもあまらないようにできているんです」

今日は、「時間とお金は余らない」ということについて考えてみたいと思います

時間があれば。お金があれば。

「もっと時間があれば、したいんだけど・・・」

「もっとお金があれば、欲しいんだけど・・・」

「お金と時間があれば、私だって・・・」

そんな風に思ったことはありませんか?

でも、そう思ったこと、思っていることで、実際に実現したことはどれくらいあるでしょうか?

 

時間とかお金は「ある」とか「ない」という「量」の問題で考えがちですが、そうして、時間あれば、お金があれば、と思っているだけでは増やすことはできません。

 

大切なのは

「どうすれば今ある時間やお金を増やすことができるか」

を考え、増やすために実際に行動することです。

 

本当に欲しいものがあれば、どうしても手に入れたいと、手に入れるための方法を思案するはずです。

もしそうでないなら、そこまで欲しくない(そこまでの努力には見合わない)と思っているのかもしれません。

(もし、そうなら、そういうものに時間やお金をかけていない=節約している、ということかもしれません)

 

でも、もし、自分が本当に実現したいことがあるのに、それに対して

「もっと時間があれば」

「もっとお金があれば」

と思っているとしたらご注意ください。

いつか軌跡が起きてお金がたくさん手に入ったり、時間ができたりすることなんてことは、まず起こらないものです。

 

宝くじだって購入しなければ当たらないものです。

「お金」や「時間」を増やすには、そのための何か具体的な行動をしなければならないと思います。

(とはいっても、宝くじでは確率が低すぎるので、本当に実現したいことなら別の手段のが良いでしょう)

時間とお金はあまらない

とはいっても、日常生活の中で、ついつい

「早く終わったらやろう!」

「生活費に余裕ができたら買おう!」

というようなことを考えがちです。

でも、そういう風に考えているうちは、時間もお金も、まず余らないようです。

 

ふり返って、こんなことありませんか?

「早く終わったら行くよ」 ⇒ 「遅刻する」「結局、行けなかった」

「あまったお金を貯金していこう」 ⇒ 「今月も貯金できなかった」 

 

改めて、先日、お聞きした言葉です。

「世の中は上手く出来ていて、お金が余ったら、時間が余ったらといってもあまらないようにできているんです」

では、どうして私たちはお金や時間を使い切ってしまうのでしょう。

パーキンソンの法則

 パーキンソンの法則*1では、次のようにいわれています。

〈第1法則〉
 仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する

〈第2法則〉
 支出の額は、収入の額に達するまで膨張する

この法則によると、人は、割り当てられた時間やお金を、目一杯使い切ってしまう、というものだそうです。

みなさんも思い当たることはありませんか?

仕事に掛けられる時間が3時間ある時は、3時間かけて仕事をしてしまうのに、2時間しかないときは、2時間でもできてしまったりする。

給料日まで、お金がこれだけしかない、という時でも、何とかなったりする。

逆に、余裕があると思っていても、結局、給料日までに使い切ってしまう。 

 

 もちろん、これは工場のラインなどのように時間と成果が厳密に管理された仕事ではあてはまらないと思います。

でも、そうでなければ(管理されていなければ)

時間もお金も、あればあるなりに、なければないなりに、何とかなってしまうのです。

(もちろん例外もあると思います。)

時間やお金を効果的に使う方法

時間やお金を上手く使う方法。それは、

使い道を絞ること。

特に、1日の上限が限られている「時間」は、自分にとって重要なことにしっかりと「時間を割り当てること」が大切です。そのために

自分にとって重要なことを把握する。

自分が普段、時間とお金をどのように使っているか把握する。

使っている時間・お金の中から重要度の低いものを把握する。

重要度の低いものへの「割り当て」を重要度の高いものへ替える。

 

かくいう私ですが、まだまだ時間もお金もむだ遣いが多いです。

そんな自分自身への忘備録として。

みなさんは、本当にやるべきことに十分な時間を割り当てていますか?

*1:パーキンソンの法則(パーキンソンのほうそく、Parkinson’s law)は、1958年、英国の歴史学者・政治学者シリル・ノースコート・パーキンソン(英語版)の著作『パーキンソンの法則:進歩の追求』、およびその中で提唱された法則である。役人の数は、仕事の量とは無関係に増え続けるというもの。(Wikipediaより)

王子、自分のおこづかいでゲームを買う。

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木曜日の夜、わが家の王子(小学3年生)が

「今度の土曜日にゲームを買いに行きたい」

といったので、昨日は二人で自転車で買い物に出かけました。

 王子、自分のおこづかいでゲームを買う。

さまざまな事情があり、子どもにはお小遣いをあげていなかったのですが、昨年3月より月300円のお小遣いを渡し始めました。条件は

「きちんとお小遣い帳をつけること」。

 

しかし、彼はそのお小遣いを一切使うことなく、毎月コツコツ貯金箱に入れていました。

はじめから、お小遣いを貯めて「ゲームを買うんだ!」といっていたのです。

その後、おばあちゃんから貰ったお小遣いなどもムダ遣いせず(というかまったく使わず)、何か欲しいものがある時も、私に買ってもらおうとするばかり。そのたびに、

「自分のお小遣いで買えばいいんじゃないかな」

「じゃぁ、いいや(´・ω・`)」

というやり取りを、何度も何度も何度も何度も繰り返してきました。

 

その彼が、とうとうそのお小遣いを使う。

買いたいのは『ドラゴンクエストモンスターズ ジョーカー3 プロフェッショナル』という2/9に発売された3DSのゲームです。

 前日譚

この話を聞いた翌日。

世間では「プレミアムフライデー」が導入される会社もある中、珍しく残業した私は、帰りにゲームショップに寄ってみることにしました。

市場価格の事前調査です。

ところが2軒のお店に寄ったもののいずれも

「うりきれ」

 

発売直後の週末に、息子と近くのイオンに行ったときにはたくさんあったのですが、この2週間で人気に火がついたのでしょうか?

すこし暗雲が漂います。

 

帰宅後、息子に、改めてゲーム購入について聞いてみます。

「明日、本当に買いに行くの?」

「そうだよ」

「それなら、なんでこの間、行ったときに買わなかったの」

「あの時は、財布を持ってなかったから」

「それなら、パパが立て替えてあげたのに・・・」

「〇〇ちゃん*1、自分のお金で買いたいんだよ」

どうやら、自分でお金を出して買うということも楽しみなようです。

 

その後、

他のお店で売り切れだったよ

とか、

もし、売り切れだったらどうする?

とか、

パパの買い物にも付き合ってくれる?

とか、いろいろ確認してみました。

その時は

「もし、なかったら諦めるよ」 

「パパの買い物にも一緒にしよう」

と、いっていました。

ゲームを探して

土曜日の朝。

以前から予約していた予防接種のため、病院に行った後、そのまま、買い物に行くことにし、自転車で出かけました。

 

病院で注射を打った際に「今日ははげしい運動は控えて」といわれたため、はやる気持ちを抑えて、いつもよりゆっくりペダルを漕ぐ息子。

この時も「もし売り切れだったらどうする?」とたずねていましたが、

「もし、なかったら諦めるよ」

と前日と同じ返事。

しかし、彼の頭の中に(私の心配通り)「うりきれ」なんて考えがまったくなかったことがすぐ判明しました。

 

イオンのおもちゃ売場の棚に並ぶゲームの売り切れ札のついたゲームパッケージを憮然と見つめる息子。

「うりきれだったね、けっこう人気なんだね」

「・・・ほしかったな(´・ω・`)」

 

その後、夕飯や翌日の食事のおかず、足りなくなった洗剤などを買いに、食料品売り場をめぐる間、ずっと不機嫌な息子。

いつもなら、試食コーナーに立ち寄るのを楽しむのですが、この日は「試食コーナーいっぱいだね」と水を向けても

「・・今日はいい。ああ、つ~か~れ~た~」

とつれない返事。予想通りですが

思い通りに行かなかったことがショックで、かなり八つ当たり気味です。

「じゃあ、帰りに別のお店に行ってみる?」と聞くも

「どうせ、無いから、いい」

と頑なに悲劇の主人公に浸り続ける息子を鼓舞して、帰りに別のお店に寄ってみることにします。

 

そこは、これまでに『妖怪ウォッチ2』や『Wii U スーパーマリオメーカー スーパーマリオ30周年セット』など、他の店で売り切れているゲームが残っていたことがあるお店だったので、今回も、と私も期待しました。

しかし、3度目の今回は売り切れでした。

 

ますますくもる息子の表情。

「もう1軒、行ってみる」という問いに頷く息子を連れて、大型スーパー併設の家電量販店に行くも、またも売り切れ。

 

息子の足取りが鉛のように目に見えて重くなります。

ちょうどお昼の時間だったので、予定外ですが、ここで軽くお昼ご飯を食べて行くことにします。

ごはんを食べながら息子に

「ここから3kmくらいのところにお店があるけど、電話して聞いてみようか?」

「電話で聞けるの?」

「自分で電話してみる?」

「パパ、してよ」

子どもと一緒に自転車で出かけることも楽しみの1つの私ですが、この日は、お店まわりで結構な距離(6kmくらいでしょうか)を走ったのと、あまりに息子が落ち込んでいるので、この日は素直に電話することにしました。

(今度の店がダメならさすがに諦めよう)

そう思いながら電話すると、

「それなら現在、在庫が3本ございます」

!!!

「3本、あるって」と伝えると、途端に元気になる息子。

「パパ、早く」

と自転車に飛び乗り、走り出します。

「場所、わかるの?」

「もう!パパが早くいってよ!」

とあらぬ非難を受けながらお店に向かいます。

お店までは約3km。

途中、ゆるやかな上りがけっこう長い距離で続き、いつもならすぐに

「つかれた~」

というところですが、この時ばかりは早い早い!

「行きが登りっていうことは、帰り道はラクチンだね」

と、当たり前のことを他愛もなく話しながら、二人でゆっくり自転車をこぎます。

 

お店に着き、ゲームのパッケージを見つけ満面の笑みを浮かべる息子に

「買っておいで」

と声を掛ける。

うれしそうにレジに向かう息子。

「5,054円です」

といわれ、財布から貯金箱から出して詰め込んだ千円札2枚とたくさんの100円玉を取り出します。

(店員さん、ごめんなさい)

 

店員さんが、息子と一緒に数を数えてくれます。

帰り道は、ゆるやかな下り坂が続く直線で、あっという間に家に着きました。

息子のはじめての、自分の貯めたお小遣いでの買い物のお話は以上です。

  


 

私は、子どもの頃に、父と二人で一緒になにかしたという記憶があまりありません。

父は私よりも、私の弟ばかり見ているように(当時の私には)見えました。

(本当はどうだったかはわかりません)

 

先日、息子と二人で実家に行き、実家にある古い自転車を2台借りて、二人で出かけました。

息子と自転車で出かけ、自分が生まれ育った昔のまちのことや、普段あまり目にしない自然の様子、日常の様子などをたくさん話しました。

(息子は将来、この時のことを思い出すことがあるだろうか)

と思いながら、私にはとても幸せな時間でした。

 

帰って休憩している私たちを見ながら、私の母が父のいる横でひとこと。

「この人は、本当に、あんたたちのことほかってばかりだったのにね」

(あなたたちとは、私と私の弟のことです)

 

そのとき「なるほど」となんとなく納得してしまいました。

(父のためにフォローしておくと、年に1回は(近くの温泉などですが)家族旅行に連れて行ってくれ、年に何回かは、家族で海や山、こどもの国などにも連れて行ってくれていました。

母がいうのは、私と弟に目を掛けるのは母ばかりだった、ということです。)

 

大人になってから気づくこともあります。

私の父は(現在進行形で)とても不器用な人です。

でも、父自身は、早くして自分のお父さんを失くしてしまったので、きっと、父親がどういうものか知らなかったのだと思います。

 

自分が子どもの時には気づかなかったことが、とてもたくさんあったことに気づいたのは、一人暮らしをはじめた時、結婚して家族を持った時、子どもができた時、でした。

それを知ってからは、皮肉たっぷりなものいいしかできない不器用な父のひとことひとことに、不機嫌にならなくなりました。

(離れて暮らし、距離があるからということもあります。)

そして、子どもに対しても、何かいわれても「今は、わからないよね。しょうがないよね」と、思えるのです。

 

以前、こちらでも書きましたが、何かが発生した時、何か人からいわれた時、

「出来事」⇒「解釈」⇒「反応」

というプロセスがあります。

父からいわれたことに対して、私に対しての「心配」「愛情」があると、私が「解釈」すれば、やさしい気持ちで「反応」できます。

 

子どもが、何かしても、何かをいっても、私はどんな時でも「子どもを愛してる」と決めて、その前提に「解釈」するように心がけるようにします。

(たまに、ものすごい速度でリアクションして、失敗することもあるけれど)

私は、この子を愛する、と決めた。

できれば、うちの父のように不器用ではなく、もう少し素直に伝えられるようにしたいと日々思っています。

 

最後に、素敵な父と母の記事を紹介して、今日の記事は終了です。

ma-corpus.hatenablog.com

ma-corpus.hatenablog.com

 

今日も、元気いっぱいで過ごしてくれたわが家の王子に、そして、ここを訪れ最後まで読んでいただいたみなさんに感謝いたします。

ありがとうございます。

*1:『〇〇ちゃん』息子はうちでは自分のことを名前ちゃんづけで呼ぶ。ちなみに友達の前ではオレになるσ(゚∀゚ )オレ

(続き?)はてなブログのはてな(・・?

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前回、こちらの記事で「はてなブログ」について何気なく書いてしまったところ、思った以上に反応をいただきました。

(ありがとうございます<(_ _)>)


じつは、その直前に書いて公開したこちらの記事が”ちょっと気取りすぎたかな”と気恥ずかしくなって、誤魔化しついでに勢いで書いてしまったものなので、翌朝、私の予想外に☆やブックマークがついていて

何か至らぬところがあったのでは!?

と、気後れし確認が遅くなってしまいました。

メッセージ、アドバイスをくれた方ありがとうございます。

 

id:kido_ariさん、早速、idコールというのを試させていただきます。これまで、何となくコピペしていたのですが、改めてやり方を調べてみました。

idコールのやり方〉

半角のid:に続けてコールしたい方のはてなIDを書く。

あと、ブクマページのブクマ(メタブ)というのが良くわからなかったので、情報を探してみました。

なるほど、なるほど。

 

正直、まだよくわかりませんでした( ;∀;)

 

こちらの記事は、もう少し初心者向けの感じです。


こうして調べてみると、同じようなことを感じている方がけっこういらしゃることが分かり少し安心しました。

 

何とか、みなさんのおかげで

「感謝したいのに、返信方法がわからない」

ということから1歩前進できそうです。

ありがとうございます。

 

〈2017.2.26 追記〉

「メタブ」=「メタブックマーク」のこと。

記事のブックマークをブックマークすることのようです。

id:kido_ariさん、重ね重ねありがとうございます。

遊戯王カード問題と「新円切替」

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わが家の王子(息子・小学3年生)は、今でも、私と一緒にお風呂に入るのを楽しみにしてくれます。

たまに先に入ってしまったりすると「一緒に入りたかったな」といってくれます。

そんな二人がお風呂の中で良くするのは、息子が考えた既存のゲームのオリジナル追加設定の話です。

ボクの考えた最強の〇〇

以前は「テラリア」*1の「ボクの考えたオリジナルMOD」の話が多かったですが、昨日はスマホゲーム「にゃんこ大戦争」*2の新しいキャラクターについて熱く語っていました。

 

息子の考える設定やキャラクターは、大抵、とんでもなく強すぎる設定(正直、面白くない)で、一通りしゃべった後、

「どう、パパ。使ってみたいでしょ!?」

と目をキラキラさせて聞いてくるのです。

その都度「いいかな~」とか「強すぎない」とかあいまいな返事をしたり、「でも、それがあるとゲームつまんなくならない」とか返事をする私。

 

昨日、彼が考えたのは

”エイリアン属性の敵を食べて体力が回復する。しかも射程が800(とても長い)”

というキャラ。

いつものように、目をキラキラさせているわが子に、

 

「へえ、どんなエイリアンでも食べちゃうんだ。じゃあ、エイリアンのいっぱい出るステージにいいね」

「そうでしょう!すごいでしょう!」

「エイリアンのステージに出せば無敵じゃない?」

「でも、こいつの弱点は、動きが遅いんだよ」

「でも、射程が長いから、むしろ遅い方がいいんじゃないかな」

「あと、こいつは雑魚はたくさん食べれるけど、ボスは1匹しか食べられない」

「いいじゃん、強いボスが1撃で倒せれるなら」

「でも、実は体力が、いくつだと思う。実は1しかないんだよ」

「大丈夫、動きが遅くて前に出ないし、壁をしっかり作るから」

 

こんな感じで、昨日は、ひたすらそのキャラがすごいかほめまくってみました。すると

「やっぱり、このキャラはやめよう。チート過ぎてゲームバランスが壊れちゃう」

いつもは、自分が勝つことばかり考える息子の口から、はじめてゲームバランスという言葉が飛び出しました。(ちょっと感慨深い!)

 

そこで、今回のタイトルにある遊戯王のことを話してみました。

小学生でもわかる遊戯王が炎上した理由

「そういえば”〇〇ちゃん”(息子の名前)。

最近、遊戯王のゲームでルールが変わることになって、今まで強かったカードが弱くなって使えなくなっちゃったらしいよ」

「どういうこと?」

「今までのルールで強かったカードが、ルールが変わって、新しいカードで新しい召喚方法でないと使えなくなったんだって」

「どうして、そういうことするの?」

「たぶん、カードを作って売っている会社が、新しいカードを買ってもらうためにそうしたんだよ」

「ルールを変えないと、新しいカードが売れないの?」

遊戯王は、これまで新しいカードを出すたびに、ちょっとずつ強さがインフレしてきたんだって。

みんな、もっと強いカードが欲しいから新しいカードを買う。

だからメーカーは、より新しい強いカードを発売する。

でも、そうするうちにカードがものすごく強くなりすぎてしまって、ゲームが大味になってきたんだって。」

「なるほど」

「しかも、今、強いデッキを組んでいる人たちは、もう新しいカードが無くても、今、あるカードで十分強かったりするから。

そうすると、新しいカード買わなくてもいいでしょう?」

「じゃあ、もっと強いカードを出せば?」

「そうすると、ゲームがもっと大味になって、一瞬で勝負が決まってしまうようになっちゃうんだって。」

「それじゃ、つまらないね」

「だから、メーカーはルールを変えて、今までのカードを弱くしちゃったんだよ」

「なんで、そんなことするの。

でも、そんなことしたら、みんな怒るんじゃない。

そんな風にいきなり弱くなるんなら、〇〇ちゃん*3だったら、もう、2度とカードは買わないな

 

 KONAMIさん、小学生でも理解できることを、なぜ_| ̄|○

 

 遊戯王カード問題と「新円切替」

遊戯王カードといえば 以前より「まるでお金を刷っているようだ」と揶揄されていました。

実際、人気のあるカードはカードショップなどで高値で売買されていたりもしました。

それが、今回の件で

「カードの価値(強さと価格)は一瞬にして暴落する危険がある

ということを、多くの人が知ってしまいました。

 

今回の件で、遊戯王カードは大きな信用を失ってしまったと思います。

以前、こちらでも書きましたが、「信用」と「お金」「価値」には密接な関係があると思います。

 

今回の遊戯王カードのルール改正は、お金ならデノミ*4を行ったようなものです。

 

自ら、信頼を落とすようなことをしてしまった遊戯王カードは、今後、どうなるのでしょう。

 

日本でも、過去に、お金の価値を一瞬で変えてしまう「新円切替」*5と「預金封鎖*6

ということが行われました。

昭和21年2月16日、急激なインフレ対策として、政府はとんでもない緊急処置を発表しました。

◇5円以上の紙幣は、3月2日までしか使えません。 新しい札と交換して使いなさい。

交換できるのは1人100円までです。

◇その他の紙幣はすべて預金しなさい。

預金からの引き出しは、1世帯300円+1人100円を限度とします。

 そして、この後、銀行預金に対して預金額に応じて最大90%の「財産税」*7が掛けられたそうです。

 

「新円切替」では、多くの国民のお金がお国に召し上げられてしまいましたが、結果、国の借金は減りました。

 

(カードの強さの)インフレを抑えるために、デノミ(ルール改定)を行った今回。

人気カードを多く持っていたプレーヤーやカードショップの失った損失は、どこに行ってしまったのでしょう?

 

今回、子どもと話した遊戯王の件については、こちらの記事を参考にさせていただきました。


今回、注釈をたくさん入れたのは、田中康夫の「なんとなく、クリスタル」*8を意識したから、ではないです。

 

*1:『Terraria』(テラリア)は、Re-Logicが開発したPC用のサンドボックスゲーム。様々な敵との戦い、広大なフィールドの探索、アイテムの作成、そして建築などの要素があるのが特徴。Wikipediaより)

*2:『にゃんこ大戦争』(にゃんこだいせんそう)は、ポノスより2012年11月25日に配信されたiOSAndroid用のソーシャルゲーム。プレイヤーが、自身の編成したキャラで敵キャラと戦闘を行い、勝利することを目的とする戦闘ゲームである。Wikipediaより)

*3:『〇〇ちゃん』息子はうちでは自分のことを名前ちゃんづけで呼ぶ。ちなみに友達の前ではオレになるσ(゚∀゚ )オレ

*4:デノミネーション(英: denomination)とは、通貨の単位を表す言葉である。日本語においては、それを切り下げる、もしくは切り上げることとして使われることもある。国内の全ての資産と負債に対して行われる。インフレーションなどにより、通貨金額の桁数表示が大きくなると経済活動に支障をきたすので、その解決のために行われる。デノミと省略されることが多い。(Wikipediaより)

*5:新円切替(しんえんきりかえ)とは、1946年(昭和21年)2月16日夕刻に、幣原内閣が発表した戦後インフレーション対策として行われた金融緊急措置令を始めとする新紙幣(新円)の発行、それに伴う従来の紙幣流通の停止などに伴う通貨切替政策に対する総称である。(Wikipediaより)

*6:預金封鎖(よきんふうさ)とは、銀行預金などの金融資産の引き出しを制限すること。1946年、第二次世界大戦後のインフレーションの中、幣原内閣において新円切替が施行されると同時に実施された。この封鎖は封鎖預金と呼ばれ、第一封鎖預金と第二封鎖預金に分けられ、引き出しが完全にできなくなるのではなく、預金者による引き出し通貨量の制限や給与の一部が強制的に預金させられるなど、利用条件が設けられた。封鎖預金からの新円での引き出し可能な月額は、世帯主で300円、世帯員は1人各100円であった。1946年の国家公務員大卒初任給が540円であり、それを元に現在の貨幣価値に換算すると、世帯主が約12万〜15万、世帯員が1人各4万弱まで引き出せる。学校の授業料は旧円での支払いが認められていたが、生活費には新円を使うこととなった。最終的に第二封鎖預金は切り捨てられる形となった。(Wikipediaより)

*7:財産税(ざいさんぜい)は、財産の所有という事実に担税力を認めて課せられる租税。所有する財産の全てを課税対象とする一般財産税と、特定の財産を課税対象とする個別財産税に分類される。(Wikipediaより

*8:『なんとなく、クリスタル』は、田中康夫が1980年に発表した小説である。東京に暮らす女子大生兼ファッションモデルの主人公・由利の生活を中心に、1980年当時の流行や風俗を独自の視点と文体で描いた。東京で生まれ育った比較的裕福な若者しか理解できないブランドやレストラン、学校や地名などの固有名詞がちりばめられており、それぞれに田中の視点を基にした丁寧な442個もの註・分析が入っており、註の多さとその分析が話題になった。(Wikipediaより)

はてなブログのはてな(・・?

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2017年2月1日にはじめて記事を書いてはや20日が立ちました。

思った以上にたくさんのみなさまに読んでいただいて、とても驚いていると同時にとても感謝しています。

 

はじめは「はてなスター」の意味もよくわからず、

「この人、三つも☆つけてくれてる。私は1つしかつけてないのに」

とあせって、☆を追加に戻ったり。

~ ☆(はてなスター)とは? ~
「この記事面白い!」「がんばってね!」「読んでるよ!」
あなたの気持ちを手軽に伝えられるのがはてなスター
ちょっといいな、と思ったらスターをつけてみてくださいね。
黄色いスターは何個でも無料でつけることができます。 

(ちゃんと、メールに説明書いてありました。)

 

面白い記事を読んで「感想、書こうかな」と思いながら

「でも、私などが、この記事に感想を述べるなんて失礼なのでは。気を悪くされるのでは」

と躊躇しつつも、思い切って書いてみたら★カラースターをつけてもらって「!!?」とあせったり。

~ 特別な★、カラースター
とても素晴らしい記事に感動した時や、素敵な出来事をお祝いしたい時、特別なスターで特別な気持ちを伝えてみませんか? 

 (私はきっと、ラストエリクサー*1のように、いつまでもいつまでも使えないのかもしれません。)

 

そうこうするうちに、自分の記事にコメントをいただけたり、自分の記事のブックマークでコメントをいただけることもあり

「コメント欄は普通に返信できるけれど、ブックマークのコメントへはどのように返信すれば良いのだろう?」

と疑問に思ったり。

失礼に当たってはいけないと思いつつも、とりあえず☆☆☆だけでも。

(どうするのが正しいのでしょう?)

 

ブックマークも、はじめは”コメント書かなきゃ!”と思って、なかなかブックマークできませんでした。

おかげで、この記事引用したいな、と思っていた記事を何時間も探しまわることもありました。

(結局見つからず)

教訓:気になったらすぐブックマーク!

 

今日もまた、とりとめのない感じですが、いつも、いろんな方に記事を読んでいただき、とても感謝しています。

ありがとうございます。

*1:ラストエリクサー スクウェア・エニックス(旧スクウェア)開発のゲーム、ファイナルファンタジーシリーズ作品に登場するアイテムである。味方キャラクター全員のHPとMPを全回復することができる、かなり上級なアイテムである。各作品のゲームシステムによって効果に多少の差がある。最も特殊な物はFFXIの物で使用者のHP、MPを回復すると言う効果で他キャラにも使える他作品のエリクサーより劣る性能である。ほとんどの場合、アイテム店等での購入はできず、できても相当高価なため、シリーズを通して貴重なアイテムとして認知されている。手に入れた場合、大抵のプレイヤーは後に登場するであろう難敵や終盤のボス戦まで残しておこうという考えから簡単には使わないのだが、いざ使い所だと思われる場面に遭遇しても、回復魔法や別のアイテムでピンチを切り抜けてしまったりするので、結局一度も使わずにクリアしてしまう事もある。転じて、もったいなくてなかなか手が出せなくて結局使わなかった物の喩えとして用いられる。(ニコニコ大百科(仮)より)

こだわりの理由

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みなさんには、こだわっているコトやモノ、ありますか?

 

人は誰でも、何かしらのこだわりを持って毎日を過ごしていると思います。

例えば、

朝食はパンがいいというような好みから、

靴を履くときは右足からといったジンクスのようなもの、

食べるものはオーガニックといったものまで、

人によってこだわりはさまざま。

意識的にこだわっていることだけでなく、人に言われるまで気づかないような”無意識”にこだわっているものもあったりします。

 

では、みなさんは、どうしてそれにこだわっているのか、自分がこだわっている理由を知っていますか?

今日は、こだわりの理由を知ることで、お互いの理解が深まったある夫婦の素敵なエピソードをご紹介します。

 彼女の不思議なこだわり

何かにつけて内向的で、自制心が強く、慎重な夫。

社交的で、自分を飾らず、自然体で人と接する妻。

二人は、結婚してから、お互いの性格のことで、幾度となくぶつかっていました。

 

夫には、もう一つ、ずっと気になっている「妻のこだわり」がありました。

妻はフリジデア社*1の電化製品に強いこだわりがあり、他社の製品を買うことなど考えようともしなかったのです。

結婚したばかりでまだ家計も苦しかった頃のこと、近所にフリジデア社の製品を扱う店がなかった時も、妻は70kmも離れた大都市まで車で買いに行くと言い張ったこともありました。

夫にはその執着ぶりがどうしても理解できませんでした。

 

夫はなにも、妻がフリジデア社の製品を好きだということにイライラしていたわけではありませんでした。

彼女が、フリジデア社の電化製品の良さを強調しようとして、何の根拠もなく、夫からすればまるで理屈に合わないことをまくしたて、無理にでも正当化しようとするから、腹が立っていたのでした。

 

ある日、夫婦はフリジデア社の製品について落ち着いて話をする機会を得ました。

その話し合いの中で、妻はあることを思い出しました。

 

それは、まだ彼女が幼い頃の出来事。

彼女の父は高校の教師をしていましたが、その給料だけでは家計を支えられなかったため、電化製品の販売店を開いていました。

ところが時代は不景気に入り、その販売店が経営危機に陥ってしまいました。

そんなときにも何とか事業を続けることができました。

それは、フリジデア社の融資のおかげでした。

 

父親思いの娘だった彼女は、毎日くたくたに疲れて帰宅し、長椅子に横になっている父親の足をさすりながら、歌を唄ってあげていました。

父と娘の心温まるひととき。

父親は娘に、仕事の悩みや心配事、経営難に陥ったときにフリジデア社のおかげで倒産せずにすみ、どれほど感謝しているか、包み隠さず話したそうです。

妻が思い出したのは、その時の会話でした。

 

ごく自然なかたちで行われた父娘のコミュニケーションで、幼かった彼女の心に無意識のうちに刻まれていた、さまざまなイメージや考え。

妻は、このことをずっと忘れてしまっていました。

妻は、この時はじめて気がつきました。

彼女のフリジデア社に対するこだわりの源泉がどこにあるのかを。

 

夫婦は、どちらも目に涙をためていました。

妻が遠い昔のことを思い出し、自分の感情の根源を見出したことはもちろん、それ以上にお互いに対する敬虔な気持ちに満たされたのです。

 これは『7つの習慣』の中で紹介されている、著者コヴィー博士と妻のエピソードです。

夫の妻へのイライラは、愛情深い妻への尊敬の念へと変化するというパラダイムシフト*2が起こったのです。

 こだわりの理由

 他人から見れば理解できない「意味不明」とも思えるようなこだわりにも、実は裏にその人も気づいていない深い理由が潜んでいるかもしれない。

そう思うと、他社のこだわりを簡単に「それはおかしい」と片付けてしまうことはとても乱暴なことなのかもしれません。

人の内面の奥底に潜んでいるもっとも傷つきやすい部分を見ずに、表面に現れる他愛のない行為だけに反応するのは、人の心という聖域を踏みにじることになるのである。(スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』より)

思えば、私と”息子の母”の間にも、お互いのこだわりによるさまざまな問題がありました。

私たちは「話し合い」「理解する」ということを互いに拒絶しましたが、おたがいの”こだわりの理由”について考えれば、もしかしたら今とは異なる道が開けていたかもしれません。

(そのことについて、後悔があるわけではありませんが) 

 育ってきた環境が違うから

 育ってきた環境がまったく違う二人が一つ屋根の下で暮らすのだから、お互いに理解できない部分が出てくるのは当然だと思います。

それを

「わけわかんない!」

「意味不明!」

のまま

「でも、今は幸せだから」

と見過ごしていくと、そのズレがどんどん大きくなって、いずれは超えることのできない「深い溝」になってしまったりするのだと思います。

 

好き嫌いは否めない。

でも夏がダメだったり、セロリが好きだったりするのにも、もしかしたら、そのようなこだわりを持つに至った、素敵な、かけがえのないエピソードがあるのかもしれません。

もし、それをコヴィー博士たちのように”お互いに発見”することができれば、欠点がチャームポイントに変わるかもしれません。

それってとても素敵なことですよね。   

セロリ

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ここで、改めて、冒頭の質問です。

みなさんには、こだわっているコトやモノ、ありますか?

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

*1:フリッジデール (Frigidaire) は、アメリカ合衆国の主要な家電メーカーの一つ(英語では正確にはアプライアンス(appliance)製造会社)。現在、スウェーデンに本社を置くエレクトロラックスの子会社。 1919年から1979年までは米国の自動車メーカーであるゼネラルモーターズ傘下であった。(Wikipediaより)

*2:パラダイムシフト(英: paradigm shift)とは、その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化することをいう。 ... 科学史家トーマス・クーンが科学革命で提唱したパラダイム概念の説明で用いられたものが拡大解釈されて一般化したものである。(Wikipediaより)

『動物学校』 他人を認めること、自分を認めること

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「ピンポーン」

インターホンの音がなる。時計を見ると”10時47分”。

急いでモニターをのぞくと息子の友達が来ていた。

最近、毎週のように遊びにきてくれる子だ。

 

「○○くんいますか?」

 

今週、息子は”彼の母”の家(といってもすぐ近くなのだが)にいっているので、そう伝え「電話しようか?」と聞くと

「自分で行ってきます」

との返事。

多分、この後、二人で来るんだろうなと、まだボーっとしながら顔を洗い歯をみがく。

 

しばらくすると”ガチャ”と玄関のカギが開く音がした。

「パパ、ヤッホー」「おじゃまします」

  

「あ、クリーパー!クリーパー!」「どうやって、登った?」と掛け合いながら楽しそうにゲームをする二人をながめながらこの記事を書き始めました。

 

私とちがって息子にはたくさん友達がいます。

今日来ている子は、物静かで行儀よく小学生ながらも理路整然と話すことのできる”育ちの良さ”を感じさせる子で、おっとりしながらも友達にはけっこう強い感じの話し方をするわが家の王子とは違う感じですが、とっても仲良しです。

人の数だけ世界がある

人間は一人ひとり、知的、感情的、心理的にも違っている。そして違いを尊重できるようになるためには、誰もが世の中をあるがままに見るのではなく、「自分のあるがまま」を見ているのだということに気づかなくてはならない。(スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』より)

私たちは”世の中”を自分たちの主観で見ています。

そして、自分が見ている”世界”と他の人の見ている”世界”が同じだと思い込んでいることがあります。

 

しかし、世の中に”まったく同じ人間”がいないように、実は見ている世界も人によって全く異なるということに”気づくこと”ができれば、広い視野で世界を見ることができるようになります。そう

世界は人の数だけあるのです。

先日、読んだこちらの記事に、私たちがどのように世界を見ているのかとても分かりやすく紹介されていました。

違いを尊重すること

 一人ひとりがそれぞれの思い込みによる

”違う世界を見ている”

ということに気づくことができれば、他人との思い違いが”諍い”を生むことが理解できるようになります。

 

長年、培われた自分の世界観・自分の主観だけで判断すると、そこからズレる他人が間違っている”ように感じられてしまうものです。

そして、お互いがお互いに「自分の主観が正しい」と主張し合えば争いになってしまいます。

かといって、一方が折れて”自分の世界が間違っている”と考えてしまうのも問題です。

(もしかしたら「自己肯定感」が低い人は、他人の世界観(親など)と合わないことから、自分を否定的に考えるようになってしまった結果のような気もします。)

 

二人の人間が違う意見を主張し、二人とも正しいということはありうるだろうか。理論的にはありえないが、心理的にはありえる。そしてそれは現実にはよくあることなのである。(スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』より)

むしろ、お互いの意見が違うからこそ、相手に興味を持ち、相手もあなたと話してみたいと思うのです。

そして、相手と自分の違いを尊重することは、自分の視野が広くなるだけでなく、自分自身を認めるということにもつながります。

『動物学校』 他人を認めること、自分を認めることの大切さ

『7つの習慣』の中で、教育学者R・H・リーブス博士の著した『動物学校』というおとぎ話が紹介されています。

昔々、動物たちは「新しい世界」のさまざまな問題を解決するために、 何か勇敢なことをしなければならないと考え、学校をつくりました。

学校では、かけっこ、木登り、水泳、飛行を教えることになりました。

学校の運営を円滑にするために、どの動物も全部の科目を学ことになりました。

 

アヒルは、水泳の成績は抜群で、先生よりも上手に泳げるくらいでした。

飛ぶこともまずまずの成績でしたが、かけっこは苦手です。

かけっこの成績が悪いので、放課後もかけっこの練習をしなければなりませんでした。

水泳の授業中もかけっこの練習をさせられました。

そうしているうちに、水かきがすり減ってきて、水泳の成績が平均点まで下がってしまいました。

学校では平均点ならば問題ないので、アヒルの水泳の成績が落ちたことは、アヒル本人以外は、誰も気にかけませんでした。

 

ウサギは、かけっこはクラスでクラスでトップでした。

ところが水泳が苦手で居残りさせられているうちに、すっかり神経がまいってしまいました。

 

リスは木登りの成績が優秀だったのですが、飛行の授業で、木の上からではなく地上から飛べと先生に言われて、ストレスがたまってしまいました。

練習のしすぎでヘトヘトになり、肉離れを起こし、木登りの成績はCになり、かけっこもDに落ちたのです。

 

ワシは問題児で、厳しく指導しなければなりませんでした。

木登りの授業では、どの動物よりも早く上まで行けるのですが、決められた登り方ではなく、自分のやり方で登ってしまうのです。

 

学年末には、泳ぎが得意で、かけっこ、木登り、飛行もそこそこという少々風変わりなウナギが一番高い平均点をとり、卒業生総代に選ばれました。

 

学校側が穴掘りを授業に採用しなかったので、プレーリードッグたちは登校拒否になり、その親たちは税金を納めようとしませんでした。

プレーリードッグの親は子どもに穴掘りを教えてくれるようアナグマに頼み、その後、タヌキたちと一緒に私立学校を設立して、成功を収めました。

 学校という閉じた世界では、その評価基準に自分が合わないと”自分が間違っていると思い込んでしまう”ようなことがあるかもしれません。

でも”神経がまいってしまったり”しても自分を否定したり”自分の水かきを擦り減らす”ようなことはしないでください。

外に、そのままのあなたを理解してくれる世界がいくらでもあります。

みんなちがって みんないい。

 今日は引用ばかりです。

みんなちがって みんないい。

みなさんも、たぶん、どこかで聞いたことがあるかもしれません。

この言葉は金子 みすゞ*1の詩「わたしと小鳥とすずと」の一節です。

私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが
飛べる小鳥は私のやうに、
地面を速くは走れない。
私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに
たくさんな唄は知らないよ。
鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

(金子みすゞ『わたしと小鳥とすずと』)

私たちは、一人ひとりが、それぞれ違っていて、でもそれには優劣なんてなくて、それぞれが素晴らしい、かけがえのない存在なのです。

あなたの世界があることを知り、尊重し、理解したいと思うこと 

私にはどうしてもあなたと同じようには見えないかもしれない。

しかし私は、この世界があなたの目には違う世界に映っていることはわかる。

私はあなたのその見方を尊重する。

そして私は、あなたの見方、あなたの世界を理解したいと思う。

自分らしくあろうとするなら、勇気を持って他人との違いを認め、自分自身を認めなければならないのかもしれません。

 今日もとりとめのない感じなので、最後に歌を2曲引用。 

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自分が、相手を理解しようとすれば、自分が”傷つきたくない””自分を守ろう”として使っていたネガティブなエネルギーも弱まっていく。

ネガティブな抑止力が少なくなれば、その分、前に進むことができるようになると思います。

 すぐに自分のことばかりになってしまう、私のための忘備録として。

 

そうこうするうちに、午後になって、息子の友だちが4人に増えていました。

そのコミュ力を見習いたいです。

*1:金子 みすゞ(かねこ みすず、1903年(明治36年)4月11日 - 1930年(昭和5年)3月10日)は、大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した日本の童謡詩人。本名、金子 テル(かねこ テル)。
大正末期から昭和初期にかけて、26歳で死去するまでに500余編もの詩を綴ったとされる。1923年(大正12年)9月に『童話』『婦人倶楽部』『婦人画報』『金の星』の4誌に一斉に詩が掲載され、西條八十からは「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛された。(Wikipediaより)